第五章

ミスティは相変わらず広い三階の部屋を探し回っていた。

ロジャーはいない。

ひょっとしたら、すでにここにはいないのではないか。

ミスティの心の内に一瞬不安がよぎる。

もし、自分たちがここに来る前に殺されていたら。

殺されていたら。

ミスティは自分の不安な気持ちをかき消すように立ち止まって首を振った。

その瞬間、後ろから銃声がした。

間一髪ではずした弾は、目の前の壁に突き刺さっていた。

続いて二度目の弾が打ち出される前に、ミスティはしゃがみ込んで、振り返りざまに二発続けて打った。

一発が相手の腹部にあたり、そいつは倒れた。

その後ろからもう一人。

一人目を倒したミスティは少しほっとしていたせいか、二人目が撃った弾丸を肩に喰らった。身体がよろめいて倒れそうになる。

続けざまに敵は撃ってきた。

よける暇もないのでミスティはそのまま反撃した。

二発とも弾は相手の胴体にめりこんで敵は倒れたが、ミスティも脇腹に弾丸を受けていた。

焼けるような痛みが、肩から、腹から全身に広がる。

──ロジャーを探さないと……

五人で車に戻ろう、そう言ったヒイロの顔が浮かぶ。

そう、あたしはロジャーと一緒にまた帰るんだ。

そして、前みたいな暮らしをする。

もう仲間も、カークもいないけれど、ロジャーさえいれば。

「ミスティ!?」

ふと顔を上げると箱を抱えたロジャーが奥の部屋から出てきていた。

「ロジャー……どこにいたんだ……帰ろう、もう時間がない……」

「その傷、大丈夫なの? そんなに血が出たら……」

「仲間がウイルスを探してる。ここは爆破されるから……」

腹部を押さえながらミスティが立ち上がる。

「これ、ウイルスの特効薬。まだ試作品で試したことはないんだけど。本当に大丈夫? 歩ける?」

ロジャーは手に持った箱をミスティに見せながら心配そうに顔をのぞき込んだ。

「ロジャー……あんた、偉いね……こんな所にいて、そんな気がまわるなんて……なんか、父さんそっくり」

「僕が作ったウイルスだからね、責任があるから。……行こう。その傷、ほっとくと危険だよ」

そう言ってロジャーがミスティの腕を取ろうとしたときだった。

「あぶない!」

ミスティが叫んでロジャーを突き飛ばした。

銃声が三回。

後ろで銃が床に落ちるのと同時に、ミスティの身体が倒れた。

──ここまで来て……。

「ミスティ!」

ロジャーが箱を手放してミスティに駆け寄った。

「ミスティ! ミスティ! しっかりして!」

撃ったのは今さっきミスティが最初に倒した男だった。

男はロジャーを始末できなかったことを悟ると、気を失った。

「大丈夫……大丈夫だから……」

そう言ってミスティが笑顔を見せた瞬間、火災報知器が鳴りだした。

「合図だ……ロジャー、早く……」

「ミスティはどうするんだよ!」

「大丈夫……すぐ追いつくから……」

「追いつくって……こんな血だらけで!」

ロジャーは何とかミスティを担ぎ上げようとしたが、ミスティは痛みにうめき声を上げただけだった。

「火災報知器が鳴ってから……40秒しかない……早く、ここが爆発するから……」

「嫌だ、一緒に行こう!」

「間に合わないだろ! 早く行けよ! その薬がもったいないだろ!」

ロジャーは床に落ちている箱とミスティの顔を見比べた。

「大丈夫。あたしは大丈夫だから。早く逃げて。そうじゃなきゃあたしは何のために今まで……」

ミスティはそこまで言って声を詰まらせた。

箱に手を伸ばして、ロジャーは黙って立ち上がった。

「もう後少ししか時間がない。早く逃げるんだ。あたしは大丈夫だから」

「……わかった。信じるよ、ミスティ」

ロジャーはそう言うと、箱を抱えて振り返らずに走り出した。

 

『五人で帰ろう』

 

ごめん。約束破っちゃうかもしれない。

あたしはほんとは、ロジャーとみんなと、普通に暮らしたかったけれど。

でも今は。ロジャーが助かってくれれば。

あの子が一番不幸だったから。

それに比べれば、あたしなんかずっと良かったよ。

かわってあげられたらって何度も思った。

あたしの知らないうちにあの子も大分しっかりしたんだね。

何だか、父さんを思い出すよ。あの子父さんそっくりだから。

ねえ、ヒイロ。

ダウンタウンに帰ったら、あの子よろしくね。馬鹿だから。

あたしの代わりにあんたの故郷につれて帰ってよ。

あたしは、これから父さんと母さんに会いにいくから……

 

 

正面玄関にはなぜか敵の姿が無かった。

一人だけ倒れている姿が目に入る。

「アレックス!」

クリスはその名を呼んでかけよった。

「ウイルスは見つかった! あと30秒しかねえ、早く逃げないと……」

「……クリスか……一人で、行け……」

「何言ってるんだよ、担いでやるから」

「無理だ。もうすぐ死ぬから……」

「ボケてんのか!? 逃げないと死ぬんだ!」

そう言ってクリスはアレックスを担ぎ上げようとしたが、床に広がるおびただしい血の海に驚いて言葉を失った。

「ギルバートの奴の仇を……討たれたってこと、かな……とにかく、行け。俺はもう一回死んでるんだから……一人で平気だろ……」

「馬鹿言え!」

もう一度クリスはアレックスを担ぎ上げたが、アレックスには全く力が残っていなかった。

「……これで、全部終わりだ……その記念に、ここに置いてってくれないか……」

クリスは、その声がとても弱々しいことに気が付いた。

本当に死ぬのか。

力の抜けた身体を、言われるとおりに床におろすと、アレックスは安堵のため息を付いた。

「……また、化けて出てやるからさ……」

そう言ったまま、アレックスは動かなくなった。

これで二度目だ。

クリスはそう思った。

またどうせ出て来るんだろう。実は死んでませんでしたとか言って。

時計を見た。

残り15秒だった。

 

またどうせ出て来るんだろう。実は死んでませんでしたとか言って。

 

 

 

10

外には敵の姿は無かった。

研究所はそこに保存されていた数々の薬品のせいもあってか、幾分か派手に爆発した。

息を切らせて火のついた木の間を走る影が二つ。

その先に一人の人間を見つけて、二人は立ち止まった。

「……誰」

ヒイロが銃を構えた。

ロジャーは箱を抱えたまま大きな目を見張っている。

「……君は、ケンの最期を見届けてくれたのか」

「……」

「私はフリーメーソンリーの頂点に立つ男だ。撃つ前に、話を聞いてくれるか」

ヒイロは引き金を引こうとして、その姿勢のまま止まった。

「ケンにこのような大それた事をしてもいいと言ったのは私だ。私は彼のしようとしたことを全て容認した。……君はなぜ彼がこのような事を計画したか聞いたかね?」

「……ケンから……」

「そうか。私もはじめに全てを聞いていた。聞いていたからこそ、彼の思うようにさせようと思ったのだ。彼の憎しみがそれで癒えるのなら、いかなる事でも許そうとも思った。だからこそ救世主にしたてあげ、メーソンの組織力を好きなように使えるようにさせた。その結果こういうことになった。もし君たちがこうして止めに入らなければ間違いなく人類は滅びただろう。しかしそれも一つの定めと思っていた。なぜならばあのような憎しみを生んだのは人類自身だと私は思うからだ」

そこまで言って、その男はロジャーを見た。

「人間は神ではない……いかなる発展があろうとも、それは永遠に変わり得ないことだ。私がケンにあのようなことをさせたのはそれが理由だ。撃ってくれてかまわない。私は君の友人を自分の目的のために利用したようなものだからな」

ヒイロは引き金にかけていた指をはずした。

こいつのせいにしてしまえば。

そう思う心と裏腹に、手は銃から離れていた。

「ヒイロ……」

ロジャーが声をかけたが、ヒイロは前方を見つめていた。

「これで終わりだ。もう二度とこのようなことは起こらない」

ヒイロが呟くようにそう言うと、男は身を翻して歩き出した。

これで終わり。全部終わった。

ヒイロは全身から力が抜けていくのがわかった。

ヒイロはロジャーを振り返り、一瞬何かを言おうとして止まった。

──もうすんだことだ。今さら何を言う必要がある。

ロジャーはヒイロが次の言葉を繰り出すのを待ったが、ヒイロは結局何も言わなかった。

──俺だけ知ってればいい。ロジャーが一体何者だからって、ミスティの大切な弟には変わりないんだから。

 

 

車ではクリスが待っていた。

ロジャーがヒイロを支えながら車に乗り込み、そしてまだ火の消えないその場所を去った。

約束の五人はそろわなかったが、誰一人として何も口にしなかった。

ヒイロはぐったりとした身体をシートにあずけて、窓の外を眺めた。

 

 

思えば最初にミスティと会ったのが夏休みのあの日。

そこから全部が始まった。

なぜだろう、ものすごく長く感じるのは。

終わってしまったんだろうか。

ダグラスを失って、カークを失って、アレックスを失って、ミスティを失って、そしてケンを失って。……それで、一体何を得られたんだろう。

 これで良かった。そう思えばいい。これで良かった。

 

そんなことをとりとめもなく考えているうちに、ヒイロは意識の深いところに落ちていった。

クリスの運転する車は、元のダウンタウンへ走り続けた。

 

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