ヒイロたちの乗った車は近くの山から研究所の様子をうかがっていた。
「アレックスの言った通りだ。研究所にはほとんど人がいねえ」
クリスがオペラグラスから顔を離した。
「ヒイロ、中がどうなってるかわかるか」
アレックスがハンドルを握ったまま言った。
「えっと、俺がいたのは二階の部屋で、そこには別に資料室とか実験室もあったみたい。あの建物はA棟とB棟にわかれてて、一階と三階でしか互いに行き来できなくて、ケンに教えてもらって逃げ出したのがB棟の三階で……。とにかく、その、逃げ出した非常階段は本当に人がいなかった。あとは……そうだ、ロジャーの研究室はA棟の三階にあった」
ヒイロは車窓から見える建物をいちいち指さしながら、確認するように自分のわかる範囲だけ説明した。
「……こんな感じでいいわけ?」
ヒイロがアレックスを振り返ると、アレックスはこめかみを指で押しながら頷いた。
「ようするに一番警備がちゃんとしてるところは一階の出入り口だろ。で、研究室のある三階がそんなに警備が薄いってことは、すでに問題のブツは研究室から別の場所へ移されてるってことだ。この研究所内のどこかにな。……おそらく、一階のA棟……。よし、ミスティとヒイロの二人が三階からロジャーを助けに行け。俺とクリスは一階から強行突破してウイルス本体を探す」
「……それから?」
少し緊張気味にミスティが聞いた。
「それから、俺達がモノを見つけだすことができたら火災報知器を鳴らす。それから四十秒以内に爆薬をしかけて爆破させるから、お前達はロジャーを連れて逃げるんだ。それでこの車で落ち合う。研究所がふっとんでから三分たっても戻ってこないヤツは置いて行け。いいな」
アレックスは言い終わるとバッグに入れていた銃を一丁ずつ、それから2ダースの弾をミスティとクリスに渡した。
「ミスティたちの方は比較的人もいないし安全だろう。誰かいたらヒイロがうまくだませばいい。適当に理由でもつけて騙せるだろ?」
「……まあ」
ヒイロは不安げに頷いた。
「じゃ、そういうわけで、解散、てことでいいかな?」
アレックスが三人の顔を見回した。
「本当に……大丈夫だよね……?」
ミスティが確認するようにアレックスに言った。
「大丈夫。誰も死にはしないさ」
答えたのはクリスだった。
『誰も』という言葉の中に、ケンが含まれていないだろう事を思ってヒイロは一人暗くなった。
「行こう」
アレックスの一声で四人は車の外に出た。
「ヒイロ、お前はあたしの後ろについてろ」
非常階段を三階まで登り切ると、ミスティはそう言って銃を構えた。ゆっくりと、音を立てないように扉を開ける。見張りの男が気がついて振り返った。
男が体をこちらに向ける前に、ミスティは引き金を引いた。
大きな銃声がして、男の体が倒れた。
「……ここは、見張りがいないんじゃなかったのか?」
ミスティが不審そうにヒイロに言った。
「俺がここを出たときまではね。でも……」
「急ごう。銃声が聞こえたらすぐに他の階の奴らもここに集まってくるから。それで、ロジャーのいる部屋はどこだって?」
「こっちだ」
そう言って廊下を走り出そうとしたとき、階下からものすごい銃声が響いてきた。アレックス達だろう。
ミスティとヒイロは一瞬顔を見合わせたが、そのまま走り出した。
そうして問題の部屋を探そうとしていると、さっきの銃声を聞いた別の男がかけつけてきた。
「貴様ら!」
振り向いて、ミスティはヒイロを蹴り飛ばした。
「あっちへ行ってろ!」
そうヒイロに言うが早いか、ミスティは銃を撃っていた。
最初の一発ははずれて、今度は相手が立て続けに撃ってくる。
ミスティは壁のくぼみに一瞬身を寄せた。銃声が止む。
深く一呼吸すると、ミスティは一気にカタをつけた。
「ミスティ! 後ろ!」
ヒイロの声に後ろを振り返って、ミスティはしゃがみこんだ。弾がミスティの頬をかすった。
ミスティは自分に向かって銃を撃った敵の姿を確認すると、引き金を引いた。
弾は相手の足にあたり、そのまま敵は倒れた。
とどめとばかりにもう二発撃ち込む。
そうして立ち上がると、ミスティは額の汗をぬぐって息を吐いた。
「……で、ロジャーがどこにいるって?」
「やっぱ強行突破は無謀だったか」
壁に身を潜めながらアレックスはそうこぼした。すでに足に怪我を負っている。
「クリス、お前は大丈夫か?」
「何とか。……相手をみくびっていたかもな。何せ、あのギルバートの残していった隊だもんな……って、うわっ!」
別の壁に避難していたクリスは飛んできた弾丸に驚いて飛び退いた。
相手は四人。入り口ホールのカウンターから攻撃をしかけてくる。
このまま長引けばすぐに他の階からまた助っ人がやってくるだろう。
「おい、……これ、どうするの? 何とかなる策とかあんの?」
全く信用がなさそうに聞いてくるクリスの言葉をアレックスは曖昧な笑顔でかわした。
そしてもう一度敵のいる方に視線を向ける。
アレックスは機会をうかがっていた。
クリスはほぼ絶望的にアレックスの方を見ている。
向こうも動く気配はなかった。
なんとしても、ケン達が帰ってくる前に勝負をつけなくてはならない。もしケンが帰ってくればさらなる数の敵が、この正面玄関から入ってくるだろう。そうなる前に、どうしてもウイルスがあるはずの奥へ進む必要があった。
カウンターの陰から相手が一人動くのが見えた。
手にしていたマグナムに一言「頼むぞ」と言うと、アレックスは一人飛び出した。
──自由に、なりたい。
身の回りのもの全てを壊そうとする自分の姿が見えた。
飛び散る血と、悲鳴と。
夕方の赤い日差しに染まった部屋に置いてある一つの日記帳。
『お前なんか出て行け!』
叫ぶような自分の声が聞こえ、そして真っ白になった。
ケンは車内に響く電話の呼び出し音で我に返った。
外の景色を眺めているうちに白昼夢でも見ていたらしい。
ケンは受話器に耳を当て、相手の声に耳をすました。
「……侵入者? ……わかってるよ……四人? ふうん、そう……とにかく全員殺すんだ。絶対にあれを渡すな。もうすぐ戻るから……あと五分もかからない。それまでにあれを渡したら取り返しのつかないことになる。いいな? 絶対にあれを渡すな」
ケンは電話を置いて、運転手にもっとスピードを上げるように言った。
「ここまで来て……失敗させてなるものか……」
「ここだ! ここがロジャーのいた部屋のはず!」
部屋の前に来るとミスティが銃を片手に、ドン、とドアを開けた。
だが、部屋のなかは空っぽだった。
「いない……」
愕然とするミスティに、
「きっと部屋を変えられたんだ。探そう、大丈夫、絶対生きてるから」
ヒイロは励ますように肩をたたいて、今度は自分から別の部屋のドアを開けた。
「ここもいない……」
呟くヒイロに、ミスティはちらりと腕の時計を見た。
「ヒイロ、時間がない。とにかく、あたしはこのフロアを探すから、あんたは下のフロアを探して」
「えっ……」
ミスティはもとから自分が持っていた銃をヒイロに押しつけた。
「いい、やばくなったら助けを呼ぶんだよ?」
「……わかった……けど……」
ホントに自分がこれ使うの、と言いかけてヒイロはやめた。そんなこと言っている場合ではない。
ミスティはにっこり笑うと、ヒイロに行くように促した。
しぶしぶヒイロが階段の方に向かう。
「ミスティ」
「……?」
「えっと、あのさ……何があっても、五人で、あの車で帰ろう」
「……」
振り返ってミスティを見つめるヒイロと、立ちつくすミスティ。
曇りがちなヒイロの表情に笑顔を送ると、ミスティは
「大丈夫。絶対平気だから」
そう言って手を振った。
「アレックス!」
壁に身を潜めていたクリスが飛び出した。
「大丈夫か!?」
アレックスは左足と右肩に大きな怪我をしていた。
「よかったな。俺が死ぬ前にカウンターの中の全員が倒れてくれた」
「馬鹿っ! 何言ってるんだよっ、死んだりしたら元も子もないじゃないか」
「死ななかったんだからいいだろ?」
「でもさあ……」
入り口ホールのカウンターからの敵と、長期戦を繰り広げそうになっていたクリスとアレックスだったが、敵の一人が動いたのをきっかけに、アレックスが突然飛び出し、四人の敵の弾をよけながらあっという間に倒したのだった。おかげで重傷を負ったが、長期戦になってケン達が帰ってくるよりかは幾分ましだとアレックスは判断していた。
「馬鹿野郎! ホントに死んだらどうするつもりだったんだよ。びっくりしたんだぜ、だって全然こっちに合図も無しにいきなり飛び出すしさ」
クリスはアレックスの傷を布で巻きながら言った。
「ま、おかげですぐ当面の敵は消えてくれたし。後は階上から何人か来てもたかが知れてる程度だろ。これで問題のブツも探せるってわけさ。やっぱり俺の天才秘技なくしてはできない技だったな。感謝こそすれ、そんなに怒るな」
アレックスはそう言って笑いながらクリスの肩をぽんぽん叩いたが、クリスに布をぎゅう、としばられて顔を引きつらせた。
「何が天才秘技だ。あんなの単なる自己犠牲だろ。かっこつけんなよ。それに、もしかしたらこの左足切断することになるかもしんないぜ」
後半の台詞はいたってまじめな顔をしてクリスは言った。
「ああ。大丈夫。それより、お前、ぴんぴんしてるならさっさと探しに行ってくれよ。多分一階のどこかにあるはずだから」
「何それ。じじいの役目はここで終わりってわけ?」
「そう。後は若いもんに任せるから」
そう言ってアレックスは座ったまま手をひらひら振ってみせた。
数台の車が一斉に研究所の前に着いた。と同時に車から何人かが飛び出し、それぞれ別々の方向から研究所に入っていった。
「ケン様はどうなさいますか」
運転手が尋ねると、ケンは車から出て
「非常階段から直接中に入る。あのロジャーとかいう小僧を始末するから」
と言って、二人ほどを従えて非常階段の方へ向かった。
そして、ケンが見えなくなった頃、一番大きな車からクートブと呼ばれるメーソンの頂点に立つ男が声をかけた。
「私が合図を出したらその場で待機するように」
男はスミス大佐の代わりをつとめる男にそう告げると、そのまま元の静寂を取り戻した。
クリスは一人で研究所の一階を歩き回っていた。
──不思議だ。人の気配がしない。
緊張して額ににじみ出た汗を手の甲で拭う。
本当にここにまだウイルスがあるのだろうか。
クリスの心中をあらぬ不安が満たしだした。
──アレックスは絶対ここにあるって言ったけどな。
アレックスの言ったことは一度だって間違ったことはなかった。
クリスはそう自分に言い聞かせて、目の前にあらわれた扉の注意書きを見た。
──「危険物」ね……薬品庫か……。他の部屋もみんなそうかな。
そう思いつつ、ドアの錠を銃で吹き飛ばす。
部屋に入ると薬品のにおいが鼻についた。隅の棚には箱が山積みになっている。
「畜生。こんな中から探せっていうのか?」
クリスがそう声に出したとき、正面入り口と、上の階のそれぞれで人が入ってくる音が聞こえた。
「ちっ……戻ってきやがった……急がないと……」
そう言ってラベルを確認し始めてクリスは背後の気配に気が付いた。
ドン、と音がして銃口が煙を吐く。
間一髪でよけた弾は薬品の瓶にあたり、砕けた瓶からは薬品が流出した。
振り返ったクリスは、部屋の入り口に立っている敵に銃を向けた。
「ウイルスはどこだ!」
敵は答えずに銃の照準をもう一度クリスに合わせた。
それを見たクリスは相手の指が引き金を引く前にとっさに撃っていた。
敵の身体が倒れる。
「やべえ……聞く前に殺しちまった……。地道に探せってことか?」
呟いたとき、正面入り口から激しい銃声が聞こえてきた。
──アレックスは……?
さっき足と肩に重傷を負っていたのを思い出す。あんななりで大勢と互角に戦えるわけはないだろう。
そう思って一瞬クリスは正面入り口の方に顔を向けた。
「……野郎、最初っから自分は帰ってきた敵と戦うつもりだったってわけか。」
しかしクリスは思い直したように急いでモノを探しにかかった。