ミスティ達がLAに着いた頃にはすでに夜になっていた。
ヒイロが行った先もわからないので、とりあえずここで休むことになり、三人はダウンタウンに入っていった。
そしてホテルに入る。その下にはかつてミスティとその仲間の溜まり場だったバーがあった。
受付には一人の若い女がいた。
「ルキア」
ミスティが声をかけると、女は顔を上げ、驚いたように立ち上がった。
「ミスティ! ミスティなの!? 生きてたの!? ……カークも!」
ルキアはカウンターから出てきて、二人の前に立った。
「……キルキスのことは、すまなかった……」
ミスティがそう言うと、ルキアは下を向いた。
「……その話は後にしよう。とりあえず、部屋の鍵を渡すよ。なんかあったんだろ?」
カークは鍵を受け取ると、うなだれているミスティを連れて、上にあがっていった。クリスもそれに続く。
部屋に入ったとたん、ミスティは椅子に座ってぽつんとこう言った。
「そうだ……。あたしは、ここには、もう戻ってきちゃ駄目だったんだよ……」
カークはミスティの傍に行って、同じように椅子に座った。
「ミスティが悪い訳じゃない。そのくらいみんなだってわかってるさ」
「でもあたしが……あたしが、みんなを引き連れていなかったら、あたしが、みんなを巻き込まなかったら……」
そう言ってミスティは両手で顔を覆った。
カークは慰めるようにミスティの肩を抱いた。
クリスは黙って部屋を出ていった。
「あたしが悪いんだよ。あたしのせいで、キルキスが、……みんなが、死んだ……。ルキアだってあたしのことを恨んでいるよ。あたしは責任をとらなきゃいけない……」
「ミスティしっかりしろよ。ルキアがお前のこと恨んでるなんて言ってないだろ? 全部終わってからでも、みんなにちゃんと話せば、お前の気持ちもわかってもらえるって」
「でもあんなにたくさん……あたしは、守ってやれなかった……」
カークは黙ってミスティを抱きしめた。
「ルキア、ちょっといいか?」
カークが呼ぶと、ルキアはカウンターを出てきた。
「……何の用?」
「キルキスのことだよ」
「……」
ルキアは壁に背をつけて、深く息を吐いた。
「ミスティのこと、わかってやってくれよ。あいつが、悪いわけじゃない」
「……わかってるさ……でも、でも……」
ルキアは目元を拭った。
「私も何度もそう思ったけど、でもやっぱり、ミスティを許せない。あの子が、ミスティなんかについていかなかったら、ミスティなんかと一緒にいなかったら……ミスティが、あの子を、自分の弟を助けるだとか、そういう個人的なことに巻き込まなかったら……! そしたら、私の弟は、キルキスは、まだちゃんとここにいたんだよ。だからやっぱり、ミスティを許すことはできない。何度夢の中でミスティを殺したことか! ……今でも、あいつの首を締めてやりたいと思ってる」
唇を噛んで、ルキアはカークを見つめた。
「……ルキア……でも、あいつについていく事は意味があることだ、と思ってたのは俺も同じだし、みんなも同じ気持ちだったと思うよ。俺達みんなにとってミスティはボスだという以上に大切だったし、4年前まで一緒にいた、ロジャーだって同じように大切だった。それを守るためなら、俺は今でも、死んで悔いはない」
カークがそう言うと、ルキアは激しく首を振った。
「……どうしてなんだよ! あの子も、みんな、どうして……どうしてそんなに自分の命を粗末にできるの!? ここで今までみたいに暮らしてればいいじゃない! どうして、他人の為にそんなことができるの!?」
「死ぬことがいいことだとは決して思わない。でも、どうしても動かずにはいられないんだ。わかってもらえないかもしんないけどさ」
目を伏せて、ルキアは流れてくる涙をぬぐった。
「……ううん、本当はわかってるんだよ。……ごめんね、私、ミスティがすごく哀しい目をしていたのもわかっていた。今度会ったら絶対首締めて殺してやろうと思ってたんだけど、できなかったよ。あの子にもおんなじように、弟がいるんだもんね。大丈夫、この気持ちは、全部終わるまでしまっておくから」
ルキアはそう言って笑った。
「ありがとう」
「……いいんだよ、それより……」
ルキアはカークの手を握った。
「あんたは、生きてここに帰ってこようね。……死んだみんなの分も、ミスティと一緒にたくさん生きないと駄目だから」
「……ああ」
「それじゃあ」
カークの手を離すと、ルキアはカウンターの奥の部屋に走っていった。
カークはしばらく、ルキアの走っていった方を眺めていた。
クリスは公衆電話でアレックスの携帯にかけていた。
10回鳴らしても出ない。そろそろクリスが切ろうかと思い始めた頃、やっと相手が出た。
「はいはい」
「ああ、どうしたんだよ、全然でないじゃん」
アレックスの方はがやがやと人の声が聞こえる。外にいるんだろう。
「んーちょっとね、手続きとか忙しくって」
「あ、そう。あのさ、今LAにいるんだけど」
「ほお」
「ヒイロがどこにいったかわかんないんだよ」
「あーそれね、帰ったらすぐに調べる。今から、飛行機にのるんだよ」
「マジ?」
「うん。だから、明日の昼頃にはつくから、……えーと、それで、LAのどこにいるんだっけ?」
「ダウンタウンの……あー、バーの、アップルの上、ていえばわかる? そこのホテル」
「はいはいはいはい。こないだ大量殺人があったバーの上ね、知ってる知ってる」
「じゃ、明日来るの?」
「うん、行く。待ってろよ、って言っても行くところないか、それじゃ」
ガチャン ツーツー
まったくあっと言う間に切るんだからと悪態をつきながら、クリスはミスティが落ちつくまで何処かでコーヒーでも飲もうと外に出ていった。
「ここに来ても平気なの?」
また自分の部屋に現れたロジャーにヒイロは不思議に思って聞いた。
「だって、ウイルスは完成しちゃったし、下手なことするといけないからあんまり研究室には入れてもらえないし、……だから」
「じゃあ、何でここにいるの? 逃げればいいじゃん」
「だって、逃げたら、ウイルスの特効薬つくれないでしょ。自分で作って、それをほったらかしにしていくわけにはいかないじゃない」
「あ、そっか……」
ヒイロはとぼけたように頭をかいた。
「そういえばさ、すっごい不思議なんだけど、ロジャーって、どうしてそんなに頭いいんだよ? 英才教育でも受けたりした?」
「ううん。……僕、頭いいのかなあ……あんまり、そうは思わないんだけど」
「いやいやいや、だって絶対おかしいよ、普通さ、普通の十六歳って高校通ってるくらいのもんで、そんなウイルスがどうちゃらなんてことまでわかるわけないんだよ。もし俺みたいに医学部に行ってても、そんなウイルスを開発するなんてさっぱりなわけ。だからすごい不思議で」
ヒイロの言うことにロジャーが首を傾げる。
「……ふうん。何でだろうね。僕、お父さんの研究を引き継げって言われて、それからいろんな事研究員の人に教わったりしたんだけど。だからできるんじゃない?」
「嘘だあ。じゃあ他の研究員はウイルス作れるの? そんなことないだろ」
「ない。けど……」
「じゃやっぱりお前が特別天才なんだよ。お前の父親が天才だったからかなあ。でも、天才って遺伝するもんなんだっけ?」
「……天才、なのかなあ……」
「IQとかってすごい高いんじゃない?」
「うん。なんかね、小さい頃、まだお父さんが死ぬ前に測られたんだけど。いくつだっけなあ、二百近かったと思う」
「それを天才と言うんだよ」
「でもあんなのインチキだよ。あんなのじゃ頭がいいかどうかなんて測れないって」
「そんな事ないよ。多少変だけどさ」
「インチキ」
「インチキじゃないよ」
しばらくヒイロとロジャーはにらみ合った。
「……だって……」
「だってもへちまもないだろ。お前の父親はすごい天才で、ウイルス途中まで作ってて、それでお前がそれを完成させちゃったくらいなんだから。まあ、がんばればお前ならウイルスを阻止できる薬とか作れちゃいそうだけどね」
「うん……そう、それでね、僕、すごい思うんだけど、お父さんもこれを作ったら絶対あぶないっていうのはわかっていたと思うんだよ。だからきっとどこかに欠点を作っているはずだと思うんだ。前のウイルスの時もそうだったしね。多分、その欠点に気づくのはお父さんくらいだと思うんだけど」
「なるほどね。お前の父親に出来るなら、お前にも出来るはずだよ」
楽観的にそう言った後、ヒイロは「多分」とつけ加えた。
「っていうことはさ、少なくとも、ウイルスを死滅させる方法のヒントみたいのがどこかにありそうじゃない? お父さんは完成する前に死んでしまったわけだけど」
ロジャーが意気込んで言う。
「うん」
「それでね、何か暗号が組み込んであるんじゃないかって思うんだけど。これがウイルスの全データ」
「おいおいこんなもの持ち出していいのかよ」
「だって製作者だし」
「……」
ロジャーの強引な意見にヒイロは言葉を失った。
しばらく二人はどこがどうあやしいだとか、何だとか話をしていたが、やがてロジャーがこう言った。
「でも、君が実験台になるまでにこれを完成させるのははっきり言って不可能に近いと思うんだ。だから、君を助けるなら、どうやって君を逃がすかを考えた方がいいんだと思うの」
「……あのさぁ、この部屋って、あのビデオから見られてるんじゃないの」
ヒイロが天井のビデオカメラを指さす。
ロジャーは何にも問題なさそうににこにこ笑うと、
「あれねえ、君が寝ているときのビデオを繰り返し流してるの。それから、電話機のところにある盗聴器もとったし、だいたい、大丈夫だと思うよ」
とさらっと言ってみせた。
「お前、それ、いつの間に……」
「さっき」
「じゃあ、その盗聴器はどうやってみつけたの?」
「ふふふ。企業秘密」
またもやロジャーに圧倒されるヒイロ。やっぱりこいつは天才だったとヒイロは自分自身で納得したのだった。
「それでね、逃げる方法を考えたんだけど、……難しいんだよね、これが。上の通気孔からはっていけば各部屋に出られることはわかったんだけど、各部屋にそれぞれたくさん人がいるわけでしょ。窓から、とか思っても駄目だし、うーーん……。強いて言えば、一番人が少ないのが、北の非常階段に続く部屋かな」
「そう」
突然別の方角から声が聞こえてロジャーは驚いた。振り返るといつの間にかケンがいた。
「ということで、北の非常階段から、上手く逃げる方法を教えてあげるよ」
「へっ?」
「だってそうしないと明日には特別室が完成するから、死んでしまうし」
「ちょっと……」
ヒイロがわけがわからなくなってあわてた。
「だって昨日、俺のこと邪魔だとか、死んでしまえとか言ってたじゃないかーーー!」
「わけは色々あるの、いいから、黙ってついてこいよ」
ロジャーが不審そうにケンを見る。
「そんな風に見ないでよ。君はここでうまくヒイロがいるように見せかけてくれればいい。一分間の間だけ、あのビデオに布をかけてしまえば、いいわけだし。ということで、さ、ヒイロ」
「そんなに上手くいくのかよー!?」
「……できないことはないけど。でもどうして……」
躊躇してロジャーはヒイロとケンの顔を交互に見比べた。
「考えてる暇はない、さ、いくよ」
そう言うとケンはすでに行動を開始していた。
見事に部屋からの脱出に成功したヒイロは、ケンのおかげで北の非常階段にたどり着いていた。
「やったね。これで逃げられる」
そう言ったケンをヒイロは不思議そうな顔をして見た。
「……今度は、信用してもいいの? ……どうして、この間は……」
「何か、ひどいことを言ったみたいだね。『僕』が」
「どういうこと?」
ヒイロが聞く。
「……言っても、いいのかな。言ったら、多分信用してもらえないし」
「信用するよ。このままじゃ納得がいかない。ケンのことを疑ったままになるから」
「……そうだね。じゃあ、手短に話すよ」
ヒイロはお腹の辺りが硬くなるのを感じた。
「僕はね、物心ついたときから自分の中に誰かがいるのに気がついていたんだ。僕にはわからない、父の入っている秘密結社の儀式の数々。その結社の人々が僕のことを色々噂していたけれど、それが僕の事でないこともわかっていた」
「……それって、メーソンのこと?」
「よく知ってるね。父親は僕を可愛がり、そして僕でないもう一人を恐れているようだった。一体いつ、僕の知らない間に僕のこの体が、その『誰か』になっているのか、そんな事は全然知らなかった。いつのまにか父はウイルス兵器の開発者のチーフになっていて。僕は父のことや、何だか僕の知らない危険なことをしようとしている僕じゃない『誰か』に気づかないように、見ないようにして普通に生活していた。それがきっとまずかったんだと思う。僕じゃない『誰か』は好き放題やりだした」
「……好き放題?」
「知っている? 救世主だったキリストは、神と人間の二面性を持っていたんだ。メーソンの奴等が言うに僕は救世主で、僕じゃない誰かが『神』の部分なんだって」
「……ケンが……救世主!」
ヒイロは声を上げた。
「信じられないだろ。僕も信じられないさ。でも小さい頃から噂されていたらしい、僕じゃない、そいつが。そいつはおかしいんだ。考えていることもみんな人間離れしているし、ウイルス兵器のことを考えて作るように言ったのも、そいつなんだ」
「ええ! 嘘だろ?」
「嘘じゃないよ。あいつは聖書の預言に書かれたサタンの襲来を、ウイルスになぞらえてウイルスをばらまこうとしている。その後にあいつが出てくれば、聖書の預言はあたったことになるからね。そういうことなら反対するやつはいない。でもあいつの目的はこの地球上を滅ぼしてみること。あいつにとっては遊びのうちの一つにしか過ぎないのかも知れないけど」
「……」
ヒイロは額にじっとりと汗がにじんでいるのがわかった。
「だから、あいつの計画に、僕は邪魔なんだ。あいつはいつも僕が邪魔だったんだろうと思うんだけど。昔からどうにかしてあいつは僕を殺そうとした。朝起きて気がついたら体中傷だらけだったり。それが無駄だとわかると、僕に一番近い人を一人ずつ殺していった。最初は僕の母親。次に学校の先生を殺して僕を社会的に追い出した。それから、また……今度は僕の父親を殺した」
「えっ。だって、ケンのお父さんはこのプログラムのチーフで……」
「表沙汰にはなっていない。あいつがうまくやっているから。ああやって殺していけば僕が精神的におかしくなるだろうと思ったんだろう。実際に、僕はもうどうにかなっているのかもしれない。……そして、あいつは今度はヒイロのことを……」
「……」
「だから早く逃げてくれ。僕が、あいつを何とかしてみるから」
「何とかって……」
「早く行ってくれ。あいつが、起きてこのことに気がつく前に」
「……」
ヒイロは非常階段を下りようとして振り返った。ケンはつけたすようにこう言った。
「……ここを降りて、北の山をぬけると少し大きな道路があって多分車が通っていると思う。そこでヒッチハイクとか何でもして、LAに戻ったらすぐに日本に帰るんだ。いいな?」
「……」
ヒイロが黙ってケンを見ていると、ケンは「それじゃあ」といって走って建物の中に戻っていった。
ヒイロはなるべく早くここを出ようと、急ぎ足で階段を下りた。
「本当に今日アレックスが来るの?」
ミスティがベッドに座りながら半信半疑でクリスに聞いた。
「……ああ。だって本人がそう言ったし」
「……ふうん」
ミスティは窓の外を見た。雨が降っていてあまり外には人がいない。
「……ヒイロは、大丈夫かな……」
ミスティがそう言ったとき、カークが手にたくさんのビニール袋を下げて帰ってきた。
「色々買ってきたぜ。コーラとか。サンドイッチとか……食う?」
「……ん。アレックスが来たら」
「そおか」
カークは一人で缶を開けてコーラを飲み干した。
外では雨が降り続いている。
「雨、やまないね」
ミスティがそう言って膝を抱えた。
「もうすぐ、一時になるな」
クリスが時計を見ながら言った。
トントンと扉を叩く音がした。
「アレックスだ」
クリスが行って、ドアを開ける。
「おかえり」
クリスの言葉を聞くか聞かないかのうちに、ずぶぬれになっていたアレックスは真剣な目で、
「今すぐフェニックスに向かうぞ」
とだけ言った。
「フェニックスにヒイロがいるの?」
車が走り出してからミスティが聞いた。
「……ああ。間違いない。あそこが一番大きな研究所。山間にあるから人目にも付かない。それから、今回の件の首謀者みたいなのもわかった」
「首謀者? だってメーソンが……」
「メーソンやキリスト教信者が信じている救世主の到来だよ。救世主様が、首謀者ってわけさ」
「で、誰なんだよ、その救世主とやらは」
クリスがポップコーンをほおばりながら言った。カークはどしゃぶりの雨に苦戦しながら運転している。
「……ケン・イケガミだ」
「嘘!」
三人は同時に声を上げていた。
「……嘘ついてどうするんだよ。くさいも何も、首謀者だったんだな、あいつが。裏の情報によると、あいつは4歳のときにメーソンに入ってすでに霊的な能力を発揮していたとか。まあ、多分普通のガキじゃなかったんだろうな。それで奴は身の回りの人間、母親、学校の教師、それからやつの父親まで組織の力を使って抹殺している」
「うへえ。そんなやつとヒイロはお友達だったわけか」
「……ただ、奇妙な点があって、奴にはもう一つ別の側面がある。普通の人間的な面、通常社会の中で通っているケンというごく普通の大学生という面があるんだ。そいつは、全く普通で組織の方も全然相手にしていない」
「……二重人格」
クリスが呟いた。
「おそらくな。でもキリストってやつは人間と神の二面性を持っていたということになっているんで、それもこれも合わせて、メーソンは救世主と判断して大切にしてきたそう。また、あいつはメーソンの頂点にいるっていう幻の人物にも認められているらしくて」
「ちょっと待ってよ。ただの日系のケンがどうしてそんな幼い頃からメーソンに関わってるの? 父親だって一介の社員だったわけでしょ」
ミスティが言った。
「ああ、確かに。それは奴の母親がロスチャイルド家の血を引いていることが原因だろうな。ロスチャイルド財閥はメーソンの基盤となる24家族のうち最も重要な財閥だ。だからケンは、幼い頃からメーソンに関わらざるを得なかった。そしてやつのたぐい希な霊的な能力だか人間離れしているところだかしらんが、そこに目を付けて救世主というのを確立しちまったんだろう。教会側が先に見つけるより、メーソンが先に見つけた方がメーソンの格を上げることにもつながるわけだし」
「……それで、教会側は……法皇はそれを認めているの?」
「まだ教皇には言っていないんだ。話は、サタン=ウイルスのところまで。こっちも全部の手を明かすわけにはまだいかないんだろう。あほなことやるよな」
アレックスは手を伸ばすとクリスに「ポップコーンちょうだい」と言った。
「じゃあ、ケンを止めれば……」
「そうだな」
アレックスは短く答えた。
「そう、ところでヒイロは大丈夫なの?」
ミスティが聞く。
「……しらねえよ。多分、ってとこかな」
「何それ!」
「だって俺が聞いたのはあいつらがフェニックスにいるということだけだし。それにヒイロだけじゃなくロジャーのことだってわかんない。用がすんだら、どうなってるか……」
「ちょっとちょっと! 縁起でもないこと言わないでよ」
「だって本当だもん」
そう言ってアレックスはコーラを飲んだ。
「でも、まあ、大丈夫だろう。ヒイロが死んでロジャーが死んだなら、もうすでにどこかの街で実際に用いてしてみるはずだからな」
アレックスの言葉にミスティは少し安心して息を吐いた。
運転していたカークが、突然赤信号で止まってアレックスの方を見た。
「……マジで車でフェニックスまで行くの? 山、越えるんだぜ」
「他になにがあるってんだよ。ほら、早く出せよ青だぜ青」
軽くそう言ってアレックスはまたコーラを飲んだ。
ヒイロは山道を走っていた。
雨の降り方は尋常ではなく、ともすれば崖が崩れ落ちそうだった。
ヒイロは走りながらこれからどうするのか考えていた。
多分そろそろ自分がいなくなったことがあの研究所内に知れ渡るに違いない。そうすれば追手がやってくる。
──どうやってミスティ達と合流しよう。
ヒイロの頭の中には日本に帰るというオプションはなかった。
──それよりひどい雨だな。本当に生きて抜けられるのかな。
ヒイロがそう思ったとき、大量の雨でゆるくなった崖が上から崩れ落ちてきた。