第三章

「ケン・イケガミに会いに行ったなんて何て馬鹿なんだ!」

 ミスティが大声を上げた。

「何だってあいつはそんな真似するんだよ! 殺されたらどうするんだ! 自分で捕まりに行ってるようなもんじゃない!」

 ケンタッキーのチキンを買いに行っているダグラスを待つ三人は口々にヒイロの甘さ加減について語り合っていた。

「大体さ、あいつ自分が……」

 とクリスが言いかけたとき、ダグラスが入ってきた。

 ダグラスは手にケンタッキーの袋を抱えていた。その持つ手が微妙に震えている。

「……ここにいるのが、ばれたらしいぞ」

 ダグラスがそう言うと、全員が立ち上がって窓の外を見回した。

「何で……」

「ヒイロの出したメールだよ! それにあいつケン・イケガミに電話もしたんだろ! だったら見つかって当然じゃねえかよ!」

 いきなりのことで戸惑うミスティにカークが腹立たしそうに答えた。

 クリスが冷静に外を見ながら言う。

「外の通行人のほとんどがおそらくプロだ。FBIかなんかだろう。近所の住人が出てこないっていうことは、やつら俺達を凶悪犯にしてるらしいな。表向きは凶悪犯の住処の強制捜査ってことだ。何とかして逃げないと……こりゃあ、やばそうだ」

 クリスはそう言って逃げ道を探そうとしたが、どこにでも人がいて逃げ道は完全にシャットアウトされているようだった。

「つかまれば殺される……か」

 カークがぽつりと呟いた。バーで死んでいた仲間を思い出しているのかもしれない。

 ダグラスは買ってきたケンタッキーの袋と一緒に、無言で数丁の銃と弾をクリスに渡した。

「これだけあれば何とかなるだろう」

「何とかなるって……?」

 クリスがダグラスの顔を見る。

「いい案があるのさ」

 ダグラスは、にやっと笑うと、ソファの後ろの箱から何かを取り出し始めた。

 

 

 

 

 

 ケンはスプーンでカップのふちを弱く叩きながらヒイロを見た。

「ヒイロが精神科専攻じゃないのは知ってるよ。だけど……。ヒイロ、これから先は本当に真面目に聞いてくれるかい?」

「うん……何のこと?」

「聞いても、僕のことを友達だと思ってくれる?」

「……多分」

 ヒイロは自分の身が引き締まるのを感じた。これで、ケンが敵なのか、そうじゃないのかがはっきりとわかる。そういう気がした。

 ヒイロはまっすぐケンの方を見た。ケンはスプーンを置くと、一息置いて、口を開こうとした。だが──

「ヒロヤ・ヤマネだな? 我々についてきてもらおうか」

 ヒイロがびくっとして声の方を向く。ヒイロ達の席の横に二人の男が立っていた。

 ヒイロが驚いてがらがらの喫茶店の中を見回すと、ほとんどの人間がさして驚いた風もなくヒイロの方を見ていた。全員、グルなのだろう。

──畜生、謀られた……

 ヒイロは心の中で舌打ちをした。ヒイロが何か言おうとしてケンを見ると、ケンは立ち上がってその二人の男に向かってこう言った。

「やめろよ、ヒイロは僕の友達だ。サンプルが欲しいなら他に幾らでもいるだろう。何故ヒイロなんだ?」

──サンプル……? やっぱりケンはウイルスに関係しているのか……?

 ヒイロがケンと男の顔を見比べる。

「我々はあなたには従いません。これは、あの方の命令ですから」

「もういいだろう! これ以上ヒイロに手を出すなら僕が許さない」

「ケン……」

 ヒイロがケンを見上げた。やっぱり無理矢理メーソンに使われているのか?

「あなたは恐ろしくもなんともない。しばらくおとなしくして下さい」

 男の強烈な膝蹴りがケンの鳩尾にはいると、ケンは声もなく倒れ込んだ。

「ケン!」

 ヒイロは立ち上がったが、ヒイロも同じように男の強烈な膝蹴りを受けると、そのまま意識を失った。

 

 

 

「そんなことできるわけないだろ!」

 ダグラスの「いい案」を聞いたクリスが怒鳴った。

「だが他に方法が無い以上仕方ないだろ」

 ダグラスは平然とした顔で箱の中から必要な「もの」を取り出していた。

「お前らはいいから、いますぐ裏口に向かえ。そこに俺のワゴン車が置いてあるから」

「だからできるわけないって言ってるだろ! 何考えてるんだよ手榴弾抱えて敵の中つっこんでいって、その後時限爆弾でここを爆破なんて!勇者にでもなったつもりかよ!」

「うるさい!」

 ダグラスがクリスの方を振り返って怒鳴った。

「お前らがどうしても生きのこらなきゃいけない以上、こうするしかないんだよ! 俺が今ここで命張らなかったらお前ら間違いなく殺されるんだぜ! そんなことになったら俺はアレックスやシエラに何て言えばいいんだ!」

 ダグラスはクリスの胸ぐらをつかんでクリスを殴り飛ばした。

「いいか、こんなくそじじいの命なんてどうだっていいんだ。いいから、早く行け! もう時間がねえ!」

 ミスティは複雑な顔でダグラスを見た。ダグラスはまたにやっと笑うと、

「あんたも弟助けるんだろう、だったらそのくそぼうずを連れてとっとと行きな。お前らが裏口を出てから二分でここを爆破するから。その二分間、お前らは何とかがんばって俺のワゴンにのればいいわけさ。簡単だろう?」

と言った。

「俺はその二分間、表側の敵を混乱させるために表に飛び出して手榴弾投げまくるからさ。さあ、行動開始だ」

 勝手に時計をセットしたダグラスは一人で表に向かっていった。

 追いかけようとするクリスをカークがひきとめる。

 ミスティは目元を拭うと、裏口に行こうとクリスとカークを促した。

 クリスは玄関の方に行くダグラスに向かって叫んだ。

「畜生一人でかっこつけやがって! くそじじい!」

 

 

 そして二分後。裏から出した車から、クリス達はダグラスの家が炎上するのを見ていた。間違いなくあの付近にいた奴等は全滅だ。──そして、ダグラスも。

 クリスはなるべくダグラスの家の方を見ないために下を向いた。ミスティは銃をいじったり、弾をつめなおしたりしていた。カークは、誰も行き先を言わないので適当に北へと車を走らせていた。

 ダグラスの買ってきたケンタッキーの袋の中身は、まだ温かかった。

 

 

 

10

 とにかく現場から離れたクリス達は途中で車を降りて、ダグラスのことを報告するためにアレックスの携帯に電話をかけた。時差があるだろうがこの際そんなことは言っていられない。

 数回、呼び出し音がなって、アレックスが出た。

「はい」

「アレックス!? 俺! クリスだ」

「あ……ちょっと待って」

 アレックスはそう言うと何やら向こうからがちゃがちゃと音がした。

「何やってるんだ?」

「盗聴防止用のやつをつけてるんだよ。で、何?」

「何って……ダグラスが、死んだ」

 唐突に言ったクリスに、アレックスがしばらく黙り込んだ。

 そしてやがて、

「そうか……」

とだけ言った。

「俺達を生き残らせるために……あの家ごと、爆破させて」

「……お前らは無事なのか?」

「全員無事だ」

「そうか……」

 アレックスがまた黙り込む。

「ヒイロはどうした?」

「あ……。今日、勝手にケン・イケガミに会いに行って……。そういえば、あいつ、どうするんだろう……」

「何だって? 連絡とれないのか?」

「……とれない」

 アレックスは「まいったな」と呟いた。

「とにかく、こっちはそれなりに情報がつかめた。奴等とんでもねえこと考えてるぜ」

「とんでもないこと?」

 

 

 

 ヒイロは気がつくと白いベッドで寝ていた。この前目ざめたときとよく似ている。

 ヒイロは跳ね起きて周りを見回した。

「元気そうだね」

 声がした。ロジャーが横に座っていた。

「……ロジャー!」

 ロジャーは数枚の紙を取り出すとヒイロに見せた。

「これが今の君の健康状態。Kウイルスって増殖しないとこんなにも弱いんだ」

 ヒイロは目を通して、自分の病が思ったよりは進行していないことを知った。といっても、HIVウイルスと同じかそれ以上は進行しているのだろうが。

「この間、君に渡した薬。あれ、もう効かなくなったんだ」

「何で?」

「……僕がなおしたから……」

「何で?」

「それは……。色々あるんだよ。僕もそんなに自由にできないのわかるだろ?」

「ああ、そうか」

 ヒイロはロジャーから渡された紙を返した。

「それで、これからまた君は、その……僕がなおした方のウイルスを新たに注入されることになっている」

「え! そんな!」

 ヒイロが驚いた。これこそ完全に死ねと言っているようなものだ。

「なんで、俺だけ……」

「わかんないよ。まず最初に、君を消したいんだって」

「誰が言ってた?」

「ケン・イケガミだよ」

 ヒイロは言葉を失った。今さっき、奴は「これ以上ヒイロに手を出すなら僕が許さない」と言ったばかりなのに。そんな馬鹿な。

「……それって本当にケン・イケガミ?」

「そうだよ」

「……」

 ヒイロは黙り込んだ。よりにもよって一番の友達だと思っていた奴が、自分を一番に消したいだなんて。

「ケン……何考えてるんだ……友達、じゃないのか?」

「友達? ふざけるな。お前はただの邪魔なだけの存在だ」

 いつの間にか入ってきていたケンが言った。

 ロジャーとヒイロが同時に声のしたほうを向く。

「ケン……」

「悪いな。今度は前よりゆっくりしていってほしいから、今は特別室を準備中なんだ。生まれ変わったウイルスと出会うのはもう少し後になってしまうよ」

 ヒイロは、ケンがこんなに偉そうに、嫌みな言い方をするのが信じられなかった。ヒイロを見る目も、いつもと違う。

「もう、実験なんてしなくてもあのウイルスが完成品だって事はわかるだろう。こいつを実験台にする必要なんてないよ」

「必要がない? 俺にとっては十分にある。……それに、お前がウイルスに妙な小細工をしてないかどうかも調べることができるしな」

「……」

 ロジャーが唇をかみしめた。

「ウイルスに対抗する薬を作ろうだなんてやめといたほうがいい。全てが無駄なことにすぎない。実験が終われば、お前も死ぬんだから」

 ケンはロジャーが下を向くのを見ると満足そうな顔をして、ヒイロ達に背を向けてドアから出ていこうとした。それを、ヒイロが呼び止めた。

「ケン……一つだけ教えてくれ、俺を騙していたのか?」

 ケンは振り返ってヒイロを見た。だが、ケンは

「さあな」

と言ってドアの向こうに姿を消した。ヒイロはいつまでもそのドアを凝視していた。

 

 

 

「この件には、メーソンだけじゃなく、ローマ法皇も賛成した」

 アレックスはさらっととんでもないことを言った。

「はあ?」

 クリスは大声を出した。ミスティとカークが「何、何?」としきりに横から口を出す。

「これはメーソンだけの野望じゃない。知ってるか? ヒトラーのナチスをローマ法皇が容認していたこと」

「何で? 何でローマ法皇がそんなことするんだよ」

「理由は聖書だ。知ってるか? サタンが征服した荒廃の地に救世主が現れるって」

「……知るわけ無いだろ」

「ローマ法皇は、聖書を信じてるから、つまりサタンがこの世に現れなくちゃ救世主が現れてくれなくて、それだと困るわけよ」

「なんだそりゃあ」

 クリスが息を吐いた。

「そう思うだろ? これが宗教の恐いところだよ。救世主に来てもらうためには、サタンに滅ぼされてもかまわないってことさ。それに、メーソンもその部分は同意している。何たってもとはオカルト集団だからな」

「じゃあ……」

「全ての聖書の預言は今までほとんどその通りになってきた。いや、その通りにしてきたと言うべきか。だから今度も、聖書の予言を実行しようとしている」

「つまり、Kウイルスをサタンに仕立てているって事?」

「そうだ」

 クリスは自分の心臓の音が大きくなっているのがわかった。

「……とんでもないことを……」

「だから言っただろ? 敵はメーソンだけとかそういうわかりやすい状況じゃない。聖書に対する信仰自体ってことになってきた」

 クリスは頭を抱えた。

「そろそろ電話を切るぜ。長電話はよくない。もう少ししたらそっちに帰るつもりだから。また連絡くれ。それじゃ」

 アレックスはそう言って電話を切った。

 クリスはツーツーツーと鳴っている受話器を持ったまま、しばらく呆然と立ち尽くしていた。横からミスティが覗き込む。

「で、何だって?」

「……本当の敵がわかった」

「何?」

「……ヨハネの黙示録だ」

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