行き先も告げずに車を走らせ続けるクリスに、不安がつのってきたヒイロは、人並みな台詞を吐いた。
「行くあて、あるの……?」
「ある人に会いに行く。ミスティを取り返すのはその後だ」
落ちついた声で言ったクリスにカークが反論した。
「後って、お前! 指定された場所に指定された時間に行くんじゃねえのか!?」
「場所は指定されたが、時間は指定されていない」
「ええ!?」
さらっととんでもないことを吐いたクリスに二人が驚く。
「だって、指定されてないんだったら、いつ行ったらいいのかわかんないじゃん」
「アホ。時間が指定されてないって事は、いつ行っても奴等が俺たちを待ちかまえているって事さ。わかる?」
「うーん」
腕を組んで考え込むヒイロをよそに、カークは後部座席から身を乗り出して言った。
「で、何処に行くって?」
「知り合いの所。俺の数少ない昔の知り合い。とんでもねえじじいだから気をつけろよ」
「じじい? 何処で知り合ったのさ」
ヒイロが聞く。いちいち余計なことばかり聞く奴だな、とクリスは思ったが顔には出さず、
「俺が昔いた孤児院の庭仕事のおっさんだった人」
「孤児院? 孤児院にいたんだ」
「そう。それで、指定された場所はその孤児院跡」
またカークとヒイロが驚きの声を上げる。
うるせえなとクリスは頭をかいて、それからこう呟いた。
「全く嫌なところを選んでくれたもんだぜ」
「何で? 何でそんなところを選んだのさ?」
いちいちうるせえよ、と言おうと思ったが、クリスはやめて真剣に自分の方に顔を向けてくるヒイロの鼻をつまんだ。
「痛っ! 何するんだよ!」
ヒイロがクリスの手をはたいて鼻をさする。どうやら本当に痛かったらしい。目に涙が浮かんでいる。
「お前がうるさいからだよ。いいか? 奴等はそこが俺にとって精神的に不利になるからそこを選んだんだよ。あそこを選んだっていうことは、この間吹き飛ばしてやった軍の大佐はまだ生きているって事だ」
クリスは乱暴にハンドルを切って高速道路に乗り込んだ。同時にヒイロが慣性の法則に従って窓に頭をぶつける。
「何? よく状況がのみ込めないぜ。お前にとって不利になるってどういう事だ?」
カークは身を乗り出したままクリスに聞いた。
「お前ら、俺に身の上話をしろって言うのか?」
ヒイロはクリスの方を向いて、カークはバックミラー越しに、思いきり頷いてみせた。
はぁ、とクリスがため息をつく。
そんなクリスにヒイロが言った。
「大丈夫だよ、クリスが話し終わったら俺達も話すから。ね?」
ヒイロはカークに同意を求めたようだったが、カークはそれを無視した。お前の身の上話なんてどうだっていいんだよとクリスも呟く。
「わかったよ。話せばいいんだろ? 俺の身の上話は、イコール『SAND GLASS』の消滅にも関わるから……、ま、お前らに話す分にはいいか……」
「はいはい、前置きはいいから早く話せよ」
「いちいちうるせえなお前ら。……昔々あるところに孤児院がありました。ある子どもは、物心つく前にそこに引き取られました。もちろん、親が誰なのかもわかりません。」
クリスは子どもに昔話を語るように喋りだした。
「おい、その、ある子どもってお前の事じゃない?」
カークの言葉をクリスはシカトする。
「その子どもはもちろん戸籍はありません。その孤児院にいる大概の子どもはそうでした。そして、その孤児院はただ子どもを育てて社会に出す、普通の孤児院ではなかったのです。その孤児院は、様々な研究を続ける生物学者に、戸籍のない子どもをまとめて実験動物として売りつけるということをしていました」
「おいおい。お前、嘘ついてるんじゃないだろうな」
カークをまた、クリスは無視した。
「その子どもは、そのことをよく知っていましたから、自分もいつかそうなるだろうと思っていました。ところで、その孤児院は年齢別に子どもを売り分けていたので、年齢別に実験を試みようと思っているマッドサイエンティスト達にセットで売りつけることもしていました。そして、その子どもは、8つ年上のお兄さんと共にある研究団体に売りつけられたのです」
クリスはそこで言葉を切った。
前の車があまりにもトロいので追い越したからである。前の車は、カップルでドライブ中で、いちゃいちゃしながら運転をしていたようだった。(あんまり関係ないけど)
何だかそれにむかついていたらしいカークはそいつらに向かって中指を立てた。
「さて、売りつけられたその子どもですが、その子どもの売りつけられた先は、なんとあの有名な『SAND GLASS』の研究グループだったのです。そんなことは露も知らず、子どもはまず、一緒にいたお兄さんと共に身体検査などを受けることになりました。そこで初めてその子どもはお兄さんとお話をしたのですが、お兄さんの名前は、アレックス・タイラーと言いました。お兄さんはとても赤い髪をしていて、逆毛というか、無造作な髪型でいつも立っていて、子どもはこのお兄さんはきっとロックミュージシャンだろうと思っていました。」
「なあ、ひとつ言っていい? やっぱその、子どもってのは、お前だろ? はっきりしろや、な?」
またもクリスはカークの言葉を無視する。
「お兄さんはとてもいい人で、頭も良かったので子どもに一緒に逃げようと言いました。そうして、お兄さんの素晴らしい運動神経と作戦力で無事、二人は逃げることができました。しかし、そこは軍の研究所。二人はなんと軍隊に追いかけられる羽目になってしまったのです。何度も危険な目に遭いながら、二人は逃げたのですが、ついに捕まってしまいました。お兄さんは子どもだけは何とかして助けてあげられないかと軍の人にお願いしました。すると、軍の人──大佐という人なのですが──は許してくれました。しかし、素晴らしい運動神経と、判断力のあるお兄さんを軍に入れる為に訓練をする、とその人は言いました。二人は、命が助かるなら、と思いました。しかし、その陰で別の人が実験の犠牲になっていたのです。それを知った子どもは、その研究している人達を殺そうと思いましたが、お兄さんに止められます。お兄さんは、軍の知識を一通り吸収してから行動を起こす、と言いました。」
クリスはまた一呼吸置いた。
「そうして、しばらくの時が過ぎました。結局、子どももお兄さんと一緒に軍の訓練を受け、同じ軍の特殊部隊に入ることになりました。それから、さらに『SAND GLASS』の研究は続き、完成段階に近づきました。軍は、それを実際に使ってみると言いだしました。もちろん、お兄さんは反対したのですが何しろお兄さんは若く、誰も言うことを聞いてくれなかったので止められませんでした。そして、実行に移されたミッションは成功し、何人もの人が『SAND GLASS』の犠牲になりました。怒ったお兄さんは、今が行動を起こすときだ、と言いました。お兄さんは子ども──そのころはもう子どもではなく、一人の立派な青年というべき年齢に達していたのですが──と一緒にたくさんの悪い人を殺し、ときに人を騙し、色々なことをして、最後にはついに『SAND GLASS』を手に入れ、それを全部消滅させました」
「何いっ!?」
カークはテレビのアニメを見て驚きの声を上げる子どものように声を上げた。
クリスは淡々と話を続ける。
「お兄さんは、その時子どもに逃げるように言いました。何故ならお兄さんは自分が、たくさんの人を敵に回していることに気がついていたからです。お兄さんは嫌がる子どもを逃がすと、あるところで、軍の人に、殺されてしまいました」
言い終わると、クリスは下唇を噛んだ。泣いているようだった。
その様子をヒイロが眉を寄せて見る。
「すごい人だったんだね──」
しばらくしてヒイロが呟いた。
「そうさ。アレックスは、すごい人だった。なのに、誰もわかってくれない。誰も彼がみんなのためにしたことを知らないんだ。──そして、アレックスが殺された場所が、俺達が育った、孤児院跡──」
「……!!」
ヒイロとカークが息を呑んだ。
「ギルバート・スミス大佐は、──その、アレックスを訓練しようと言った軍人だが──奴は、アレックスが死んだ場所と同じ所で、今度は俺を始末しようとしている」
「……じゃあ……」
「ああ、軍がたくさんいるはずだ。もしくはわからないように特殊部隊が張り込んでいるのかもしれない。ヒイロ、お前以外はきっと助からない」
「そんな、じゃあミスティは」
「人質、というよりもむしろ俺達をおびき寄せるための餌だ。間違いなく、ミスティも殺されるか何かされるだろう」
「ふざけんな!」
カークが運転席のシートを後ろから殴った。
「何なんだよ! 何で殺されなきゃならないんだよ!」
仲間の死を目の当たりにしてきたカークは声を荒げた。
「……まだ殺されると決まったわけじゃない。アレックスといた頃だって何度も絶体絶命の危機に陥ったが助かった。こっちの考え次第では何とかなるさ。俺達が来るまでは、ミスティだって生きているはずだし」
クリスは落ちついていた。
「アレックスがやったこと、俺にでも出来るはずだ」
その後しばらく高速道路を走った後、腹が減ってきたという事で3人は高速を降り、近くのレストランで食べることにした。
「さて。何処行く?」
クリスが片手でハンドルを握りながら言う。
「近いところでいい」
カークが言った。
「マクドナルドとか? ほらあそこ」
「おっけー」
適当に言ったクリスに軽く賛成したカーク。
その二人に向かってヒイロが断固反対した。
「絶対やだ! だって昼はデニーズだったんだよ? 普通逆じゃない? え? おかしいよ夕飯マクドナルドなんてさ。絶対変だって」
「何だよ、うるせえ奴だな」
「嫌な物は嫌だ!」
首を振り振り猛然と反対するヒイロにカークはしっしっと手を払った。
クリスが黙って運転しながら言った。
「お前さあ、ようするに、あそこの隣の日本食のレストランに入りたいわけ? そうなら早くそういえばいいのにさあ」
「そういうこと」
ヒイロが満足げに頷く。後ろのカークは、はぁ? という顔をしている。どうやら彼は日本食のレストランに入ったことが無いらしい。
というわけで、結局日本食のレストランに入った3人は、メニューとにらめっこしながらまたもやあーだこーだともめはじめた。
カークがメニューを見つつ、文句をたれる。
「何でこんなに高いんだよ」
「寿司にしなくたっていいじゃん。ラーメンとか、安いよ。寿司とか、定食とかってのは高いの、普通」
「あ、これなに? これ」
「それ? それはねー」
ちゃんとした日本料理が珍しい二人は、メニューの料理の説明を見てもさっぱりらしく、ヒイロに説明を要求した。そうしてヒイロが答えたりしているとき、レストランに日本人が数人入ってきた。
席に案内される途中、そのうちの一人が声を上げた。
「弘也!」
ヒイロがびくっとする。
──ああ、何か嫌な予感……。
そう思いつつヒイロが振り返ると、そこには日本にいるはずのヒイロの兄、一也がいた。一也はヒイロを見つけて驚いたというよりもむしろ、怒っているようだった。
「え〜! 何でこんな所にいるのさ!」
「それはこっちの台詞だ! 勉強もしないで何でこんなところを遊び歩いているんだ! 全く、うちはお前が勉強していると思ってお前に金をかけているのに!」
ヒイロの兄の一也は、ヒイロのおやじのように速攻ヒイロに説教を浴びせかけた。
クリスとカークは二人が日本語で話しているので何が何だかわからない。
「だってじゃあ兄貴はなんでここにいるんだよ?」
「仕事だ仕事。今度のアルバムのレコーディング。ここからそんなに遠くないスタジオでやってるんだよ。全く、せっかくこっちきたからお前の顔を見に行こうと思って電話したら、電話番号変えてやがるし、こんな所で遊び歩いてるし、まったく、お前って奴は日本に連れてかえったほうがいいな」
日本で売れはじめているヴィジュアル系ロックミュージシャンである一也は、一気にまくしたてて、それから一緒に食事に来たスタッフに自分は弘也と同じテーブルに座ると言うと、彼はどっかとヒイロのとなりに座った。
「……誰?」
カークがぼそっとヒイロに聞く。
「兄貴。仕事でこっちに来てるんだよ」
「へーえ、偶然もあるもんだなぁ」
カークは感心したように言った。
「とにかく、お前が学校をさぼって、遊んでいることは親に伝えるからな。いくらうちが病院を経営していて、それなりに金があるといってもお前の遊びに費やすような金は一銭もないんだからな」
「ちょっと待ってよ〜。俺がさぼってるっていう証拠が何処にあるのさ?」
「だが、ちゃんとやっているという証拠が全くない以上、さぼっているということになる」
「兄貴はいっつもそうやって決めつけるんだからさ。俺悪いことしてないし」
「由美はお前を尊敬して、来年留学しようとしているっていうのに」
「え〜由美が? ああ、来年から大学だっけ?」
「そう」
一也はウエイトレスが持ってきた日本茶を一口のんで一息付いた。ちなみに、由美とはヒイロと一也の妹である。
「ご注文は?」
日本人のウエイトレスが日本語で言っていいのか、英語の方がいいのか迷いつつ、両方で尋ねた。
「ラーメンてやつ」
「焼き肉」
「うどんでいい」
「寿司」
最後にそう言った一也の方にクリスとカークの視線が向いた。
「かなり金持ち? もしかして」
「さーね、どうだろ」
二人がこそこそやりとりする。
そこで、クリスが一也に尋ねた。
「えー、あの、英語平気ですか?」
「ん? ああ」
一也がクリスの方を向いた。
「失礼ですが何のお仕事をなさっているんですか?」
「仕事? ……ミュージシャン」
「まじ?」
カークが目を輝かせる。
「こっちに来たのはコンサートで?」
「や。まだこっちには全然進出してないんで」
「えー、じゃ、そのうち来て下さいよ、絶対行きますから! わー、俺、ミュージシャンの知り合い出来ちゃったよ。おい、ヒイロ、お前の兄貴すげえなあ」
「……」
反応に困ったヒイロの顔がひきつる。
「で、ちょっと聞いてもいいかい? 弟のヒイロは何故こんな所にいるんだ?」
「え? ──ああ……」
3人が顔を見合わせる。言えるわけがない。
「それは、ちょっと──」
ヒイロがどもった。
「? 何だって?」
「色々あってですね。彼は面倒に巻き込まれているんです」
クリスが言った。ここまでは本当のことだ。
「面倒???」
一也が首を傾げる。
「俺達がいけないんですけど。たまたま、運悪く面倒にまきこまれちゃって。今は悪いやつとかに追いかけられてるんですけど、まぁ、大丈夫ですよ。一件落着したらヒイロは大学に返しますから」
「ってことは今は大学に行ってないってこと?」
一也がヒイロの方を見る。ヒイロがあわてて首を振った。
「ううん、い、今、今は夏休みなんだ、うん。こっちの休みって長いから……」
「ふーん。そお」
明らかに疑わしげな表情をして一也は一応頷いたが、今度はカークの方に顔を向けてこう言った。
「君たちはちんぴらか何か?」
「うっ──」
カークがつまる。何処からどうみてもこのツラはちんぴらだ。
「とにかく、あんまり面倒を起こすようだと──」
一也が言おうとしたとき、注文した料理が来た。
そうして、一也は食事の間中ヒイロに説教をたれたが、食べ終わると、彼も仕事でかなり忙しいらしく、スタッフに引っ張っていかれた。
まさに、嵐の後の静けさ。(違うね……)
クリスもカークも、黙ってレストランの外に連れていかれる一也を見送った。
そして、クリスが伝票を手に握りしめつつ、
「お前の兄貴って、──何かすごいなあ……」
と呟いた。
三人は、例のクリスの知り合いである『くそじじい』に会うため、それからミスティを助けに行くときの下準備のため、サンフランシスコを目指した。そして、目的地にたどり着いたとき、空は真っ暗になっていた。
『くそじじい』の家はサンフランシスコの町中にあるのではなく、かなり外れたところにある小さな平屋だった。
クリスが車を降りて家のインターホンを鳴らす。3度くらい鳴らしたが、応答がない。
「出直した方がいいんじゃない?」
ヒイロがクリスに声をかけたとき、クリスはいきなりドアを開けた。
「ダグ! いるんだろ入るぞ!」
クリスはそう叫ぶとずかずかと中に入っていった。
それにカークとヒイロもおそるおそる続く。
部屋にはいると、『くそじじい』ダグラスは、ソファーで寝ていた。周りに酒瓶が転がっている。ヒイロはマジで『くそじじい』だと思った。
『くそじじい』ダグラスは、3人の気配に気が付くと、やっとこさ体を起こした。
「おお、やっと来たか」
「やっとじゃねえよ。ったくいつまでもかわんねえな」
「お前は大分口が悪くなったみたいだ」
ダグラスはそういうと一人で笑った。どうやら酔っているらしい。
「ダグ、頼んだのどうなった?」
「ん?」
ダグラスがクリスの言葉に反応したとき、突然カーテンの間からでかい何かが飛び出してきた。
「うわあああっ!」
ヒイロが驚いて声を上げる。
クリスに飛びついてきたのは、でかいセントバーナードだった。
「よぉ、お前でっかくなったなぁ、何ていうんだっけ」
「ダーウィンよ、ダーウィン」
ダーウィンはクリスに撫でまわされて嬉しそうに尻尾を振った。
そうして興奮したのか、ダーウィンは突然部屋中を走り回りだし、だれかれ構わず飛びついてしばらくの間部屋の中は嵐が吹き荒れた。
ようやくダーウィンが落ちついた頃、ヒイロとカークはへとへとになって床にしゃがみ込んでいた。
「飼い主が飼い主なら犬も犬だぜ」
「ホントだねー」
カークの言葉にヒイロがため息を付く。
「で、頼まれた物だが」
ダグラスはちらっとヒイロを見て、それからソファーの後ろにあるでかい箱の中から何やらごそごそと取り出した。
「アレックスが使ってた型が手に入った。これなんかどうだ?」
ダグラスが手にしていたのは新品のマグナムだった。クリスは首を振った。
「いい。アレックスと同じのは俺には無理だ」
「そうか……」
ダグラスは孤児院の頃から二人を知っていて、その後も二人と交流があったらしく、アレックスのことも全て知っているようだった。
「そっちの二人の分もいるんかい?」
「ああ、この日本人のはいい」
「……だろうな」
ダグラスはまたでかい箱をごそごそとまたかき回した後、ふうと一息をついて振り返った。
「今日はもうつかれたわい。もう年だな。ああ、明日にしよう。それがいい」
「このくそじじい」
クリスが毒づいたが、それもいっこうに気にせず、『くそじじい』ダグラスは転がっている酒瓶を手にとって言った。
「ああ、ここには人様の分のベッドなんてないから、その辺に転がってねろや。適当にしてくれて全然構わないぞ」
「適当にしろったって……」
ヒイロが部屋を見回した。散らかりすぎてその部屋は何もできそうになかった。
ミスティが意識を取り戻したときには、彼女は縛られてせまい部屋に閉じこめられていた。
「……」
ミスティは部屋の隅々を見回した。コンクリートの壁だけで、本当に何もない。
今が一体何時なのかも、一体ここがどこなのかも何もわからない。
一応縛られた手足を動かしたりしてみる。そんなに簡単にとれるわけはない。
そうしてしばらくぼうっとしていると、部屋のドアが開いた。
現れたのはケン・イケガミだった。
「はじめまして。本当にお会いするのは初めてかな」
その通りだった。互いに相手の事はいろいろと知っているものの、いや、ミスティはケンのことをそれ程知らないのかもしれないが、実際に会うのは初めてだった。
「わかっているだろうとは思うが、君は人質だ。ヒロヤ・ヤマネをおびき出すための餌だ。それから、のこのこ現れたクリス・フォードも殺すと軍が言っていた。その後には君も殺される」
ミスティは何も言わなかった。
「最初は君を、君の母親と同じような方法で処分をしようと思ったんだけどね。半分あの父親の血が流れているとなると、かなり頭は切れそうだから、ここは安全を最優先して殺すことに決めたよ。女を殺すなんて非常に残念だけどね」
ミスティが思いきりケンを睨んだ。
「君の母親はきっともう死んでいるよ。麻薬づけにされてるし。知ってるんだよね? 母親が売られたって事は」
「──知らないわけがないだろう。父親の自殺以上に許せなかった。お前らを憎みはじめたのはそれからだ。母さんが極秘情報を外にもらさないように声を奪った揚げ句、闇世界に売ってしまうなんて」
「相当怒っているみたいだな。まあ仕方ないか。俺も一度だけリサ・レイモンドに会ったことがあるよ。殺すにはあまりに可哀想なほど美しかった。まぁ、死んだ方がましだったのかもしれないけどな」
ケンは声をあげて笑った。その笑い声がミスティの神経を逆撫でした。
「お前は一体何者なんだ! この研究団のチーフはお前の父親だろう! 何故お前がこんなにこのプロジェクトに関係しているんだ!」
ケンはぴたりと笑いを止めた。
「俺の父親がチーフだ、というだけじゃ不満かな?」
ミスティは答えなかった。
「納得しないみたいだな。よし、じゃあ教えてやろう。どうせ死ぬんだからな。このプロジェクトには国家以外のもっと大きな組織がからんでるんだよ」
「もっと……?」
「俺はそれと関係がある。それが理由さ」
ケンは薄笑いを浮かべた。つくづくこいつはむかつく野郎だ、とミスティは思った。
「その組織とは?」
「言えるわけがないだろう。 ──さて、俺はもう行かないといけない。君はあのヒロヤ・ヤマネとかが来るまでそこでおとなしくそうしてろ」
ケンはそう言うと、ドアを開けようとした。そこで止まってまた振り返る。
「そういえばリサ・レイモンドはお前と同じ髪をしていたよなあ」
そう呟くと、ケンはまた大きな声で笑い出し、部屋を出ていった。
ミスティはケンの出ていったドアに向かって「F**k You!」と叫んだ。
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