第一章

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 土砂降りの中、ロジャーの起こした停電は一時間もかけてやっと直った。それと同時に外に
明かりがつく。
 窓の開いている薬品庫をみつけたミスティは、そこから中に潜り込み、様子を窺っていた。
──騒ぎを起こすわけには行かない。ロジャーとヒイロを連れて帰るだけだ。
 ミスティは雨で濡れた手に銃を握りしめた。
 そして薬品庫のドアを開け、そうっと中の様子を見る。
 誰もいない。
 ミスティは薬品庫の壁にはってあった研究所内の地図をはがすと、研究室の位置を確認
した。
──二階に5つと、三階に4つか……父さんと同じ部屋を使っているなら、ここか。
 どこを最初に当たろうかミスティは迷った。
 どうやって捜す?
 静まり返った廊下でミスティは唇を噛んだ。
 突然、天井の赤いランプが点滅しだし、サイレンが鳴り始めた。
 ミスティは自分がいることが見つかったのかと思って辺りを窺う。しかし、誰もいない。
「レベル4の事態発生。レベル4の事態発生。まだKはこの中にいると思われる。すみやかに
防ウイルススーツを着、脱走をくい止めること。繰り返す、……」
 放送の声は淡々としているが、どうやら大変なことが起こったらしいとミスティは感じた。
「防ウイルススーツ、ね……」
 ミスティは口元をほころばせると、一気に駆け出した。
 
 
「やば、もう気づかれたか」
 ヒイロは防ウイルススーツを着込んで3階の階段の踊り場にいた。ヒイロが壁の方を向いて
いると、同じく防ウイルススーツを着た軍隊の者が数人階上から降りてきた。
「おい、お前!」
 呼ばれてヒイロがびくっとする。
「気をつけろよ、あれに感染したら絶対に助からないって話だ。スーツにほころびがないかき
ちんとチェックしておけ。いいな」
 そのグループの中の年輩らしいその男はそう言うと、さっさと階下に降りていって
しまった。
──もう、かかってるんだけどね。
 ほう、とヒイロがため息をつく。
「さぁて、ロジャーを助けないと」
 数人、スーツを着た人間が走って行き来していたが、同じスーツを着たヒイロには気がつか
ない。
 ヒイロはくすくす、と笑うと、3階の廊下を歩いてドアに書いてある名前をひとつひとつ調
べていった。
「これじゃない、これじゃない……あ、これ」
 ロジャーの名前を見つけ、そっとそのドアを開ける。
 中にはスーツを着ようとしているロジャーしかいなかった。
「ロジャー?」
 ロジャーがこっちを向く。
 はっとしたようにロジャーは急いでスーツを着込んだ。
「この辺はたくさんカメラがまわっているから、逃げていてもすぐつかまるんだよ」
 ロジャーは突然意味不明なことを言った。
 しばらくぽかんとしていたヒイロだったが、やっと彼の意図した事がわかり、うなずいた。
──なるほどね、だから会話とかも全部聞かれてるって訳か。
「お前をこの研究所から避難させる。こっちへ来なさい」
 できるだけ低い声でヒイロがそう言うと、ロジャーはにっこりとうなずいた。
 
 
「早くお前もこれを着た方がいい。どうやらお前の知り合いが逃げ出したようだからな」
 大佐はそう言うと、受け取ったスーツを着だした。
 クリスが顔を上げる。
「──一体?」
「あの日本人だよ。取り押さえ次第、この建物ごと焼き払う。あれが外に漏れたら一大事だか
らな」
「……」
 扉がノックされ、軍人が一人ドアから顔を覗かせた。
「大佐! 誰か一人侵入者がいるようですが!」
「何? 何処にいる?」
 大佐がドアの方を向く。
「それが……おい! 何処だって?」
 軍人は廊下の方にいる仲間の方を向いて聞いた。そのまま軍人は何やら仲間と話を続ける。どうやら情報がごちゃごちゃになっているらしい。
 大佐はクリスに背を向けてスーツに腕を通している格好になった。
 クリスは大佐に近づくと、ミスティから手渡された銃をつきつけた。
 大佐の動きが止まる。
 軍人はクリスが何をしているのかわからない。まだ後ろを向いて仲間と言い合っている。
「敵に後ろを見せるなって教えたのはあんただよ」
 大佐は顔を小声でそう言ったクリスの方に向けた。
「恩を仇で返されるとはな」
「恩だって? なんのことだよ」
「お前をあの孤児院から拾い上げてここまで育てたのは、この私だ」
「違うね」
 クリスはもっと強く銃を押しつけた。
「俺は知りたいことがあるんだ。一体、このプログラムの上で、何が起こってる? 何が目的
なんだ? ホワイトハウスは一体何を考えているんだよ?」
 大佐は答えなかった。
「さっさと答えろ。この銃があんたの心臓の真後ろにあることくらい、あんただってわかるだ
ろう」
「正直、私もよくわからない」
 大佐はゆっくりとこたえた。
「ふざけるな。特殊部隊の頭のあんたが、知らないわけがないだろう。答えろ」
「たとえ知っていたとしてもお前には言わん」
「殺してやる」
 クリスは低くそう言った。
 そうして、引き金を引こうと指を動かしたとき、部屋の扉が開いて数人のアーミーが入って
きた。やっと状況が呑み込めたようである。
「何をしている! 大佐から離れろ! 銃を捨てるんだ!」
 銃を構えてアーミーは口々に叫んだ。
 クリスは黙ってアーミーを見回し、銃をおろすと、突然大佐の着ていたスーツに付いていた
非常用の酸素ボンベをひきはがし、それをアーミーに向かって投げた。
 一瞬アーミーが驚いたように足元の酸素ボンベを見る。
 その瞬間にクリスは銃でボンベを撃っていた。
 大爆発が起こる。
 アーミーだけでなく、大佐も吹き飛ばされた。
 クリスも爆風に吹き飛ばされながら、別の扉から部屋を出た。
 
 
 
 
 
 ミスティがロジャーを捜して二階の廊下にいたとき、また放送が流れた。
──一階から出火。直ちに各階のシャッターを降ろすこと。
   繰り返す……
 ふと見ると、階段へと通じる廊下の天井から金属の防炎壁が降りてきているではないか。
「ちっ」
 ミスティは舌打ちすると、床と降りてきているシャッターの間に身体を滑り込ませ、階段の
ある方に出た。急いで三階にあがり、まだ三階のシャッターが降りていないかを見ようとした
とき、
「誰だお前は!」
 軍隊の一人に叫ばれた。
──見つかったか。
 ミスティは構わず銃を向けて引き金を引いた。男が倒れる。
 銃声を聞いて下から数人駆け上がってきた。
「貴様一体何者だ!」
「だまれ」
 ミスティはそう言ってまた引き金を引く。
 一人弾を食らって倒れたようだが、残る数人は壁を盾にしながら応戦してきた。一人対軍隊
の男数人ではさすがに分が悪い。ミスティも壁のくぼみに身をひそめると、相手の弾をよけな
がら正確に敵の急所を貫いていった。
「一体何者だ? ──あいつ、軍隊じゃないだろ?」
「しらねえよ。軍隊にこんな腕がいたら今頃有名人さ」
 倒れていない二人は短く会話を交わした。
 
 
「ロジャー、早く、こっち」
 ヒイロはロジャーの手を引いてただ今ミスティが奮戦中の三階の階段の方へ急いだ。ここは
まだシャッターが降りてきていない。
「ミスティ、ここに来てるの?」
「ここにはいないだろ。ああ、でも火事とかあったしな……。もしかしたらあいつら来てるか
も、しれないけど」
 会話の合間にふっとヒイロが顔を上げると、見覚えのある顔の男が立っていた。
「ケン……」
 ヒイロがそうつぶやきかけた瞬間、大きな音がした。
 目の前に立っていたのは、ヒイロとあの日、待ち合わせをしていたケン・イケガミだった。
 ヒイロの身体はケンの撃った弾によって撃ち抜かれていた。
 右の肩をおさえつつヒイロが前に倒れる。
「ヒイロ! 大丈夫!?」
 傷口が焼けるように熱い。
 体中の血液がどくどくいっているのがわかった。
 傷を押さえた手を見ると、真っ赤になっている。
「ロジャー・レイモンドを連れだそうとする人間は、いかなる者も処分される決まりになって
いる。──こんなことをして、見つからないと思っていたのか?」
「……ケン……お前、一体……」
 苦痛に顔をゆがめているヒイロを、ケンは階段の方に蹴り飛ばした。
「ヒイロ!?」
 ようやく軍隊の男を片づけたミスティがヒイロに気がついて走ってきた。
「大丈夫か!?」
「ロジャーが……早く……」
 ヒイロはシャッターが降りてきている方を指さした。
「ミスティ!!」
 ロジャーがケンに押さえつけられながら必死にもがいていた。
「ロジャー!」
 ミスティがシャッターの方に駆け寄る。
 ミスティがたどり着いたときには、無情にもシャッターはしまってしまっていた。
「くっそぉ」
 ミスティは一度シャッターから離れると銃でシャッターを数回撃った。
 当たり前だがシャッターはびくともしない。
「ロジャー! 絶対助けに行くからな!」
 果たしてロジャーに聞こえているのかどうか。
「ミスティ!」
 非常に細い声がシャッターの向こうから聞こえてきた気がした。
 
 
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