第一章
4
「何やってんだ、お前」
椅子から倒れてこけたままのヒイロに向かってミスティが冷たく言い放つ。
「ああ、ごめん。あの、この人、起きたみたい」
「そりゃ見ればわかる」
「……」
何かいいたげに右手で拳をつくって震えているヒイロを完全に無視した形でミスティは男に
声をかけた。
「お前はイケガミのボディーガードかなんかか?」
「……」
男はミスティを黙って見つめる。
「おい、これがミスティ?」
男はヒイロに向かって聞いた。ヒイロがうなずく。
「人の質問に答えろよ」
「そんなんじゃない」
男は答えた。
「お前は何だ? やつらと何か関係あるのか?」
「色々と。かなりむかついてるんでね。一昨日仲間を連れて襲撃しようと思ったらいきなり屋
敷が爆発した」
「もう、一昨日のことになるのか」
男がぼそっと言った。
「だから栄養補給のために点滴を……」
にこにこしながら言うヒイロをまたも無視してミスティは男に尋ねた。
「お前は何故あの時あそこにいた?」
「……俺があの屋敷を爆破した」
男は低い声でそう言った。
「やはりな。あの爆発から一人だけ逃げられた辺り、怪しいとは思っていたんだ。なんだ?
お前は爆弾魔か何かか?」
「違う。俺もやつらに色々むかついてるんでね」
男は言葉を切ってミスティを見た。ミスティも男を見つめる。
「俺は一応あの屋敷のボディーガードとして一週間くらい前から張り込んでいたんだ。あの屋
敷には地下に様々な研究施設がある。そこに入り込んで爆破したのさ」
「研究施設の爆破が目的?」
「まあな」
ミスティは腕を組んで考えた。
││こいつもあたしと同じ事を知っているのかもしれない。
「爆破した日、ケン・イケガミはいたのか?」
「しらねえよ。こっちはそんな奴どうだっていいんだ」
「あの屋敷で、ロジャーという少年を見かけなかったか?」
ヒイロがミスティを見た。
男が顔を上げる。
「どんなやつ?」
「お前と同じブロンドの髪で、背丈はこのヒイロと同じくらい。目の色はあたしと同じか、そ
れより薄いくらいで……」
「見かけたよ。歳は十六か十七くらいだったな。お前と同じ瞳をしていた。弟か?」
「そうだよ。それで、爆破した日には……」
「いなかったはずだ。それより二日位前に軍のやつらと一緒にどっかへいっちまった」
「……」
ミスティはほっと胸をなで下ろした。
「何でそいつはあんな奴等と一緒にいるんだ?」
「アンドリュー・レイモンドという特殊部隊おかかえの科学者を知っているか?」
「知ってる」
「それの、息子なんだ」
「……」
男の顔色が変わった。
ヒイロには何のことだかわからない。
「あいつは自殺したのに、何故あの研究が続いているのかと思っていたら……なるほど、そう
いうことか」
ミスティは黙っている。
「ということは、お前はその娘か」
「そうだよ。弟は父親ゆずりの知能のために奴等に無理矢理あの研究を引き継がされているの
さ。あれを完成させるためにね」
「何て事だ……知ってたら、あの時無理矢理にでもどこかへ拉致したのに」
男が頭を抱える。
「それより、あんた何者だ? そんな軍の極秘情報まで知ってるなんてただの爆弾魔じゃない
な」
男が顔を上げる。
「俺はクリス・フォード。元特殊部隊に居て、そこから逃げ出してさらにFBIに追われ、ひ
どい毎日を送ってるのさ」
「すごい奴だな。ただ者じゃ無いと思ったけど」
「お互い様かな」
クリスが前髪を掻き上げる。深い蒼をした瞳が少し笑った。
「お前も、あの研究を止めるために行動を起こしたんだろ」
「まあな」
「だったらあたしたちと一緒にやらないか。元特殊部隊にいたお前がいるならこっちも心強い
し。それにお前も一人じゃ何かと大変だろ?」
「痛いとこつくな」
クリスはそう言って笑った。
二人が勝手に話を進めて勝手に落ちついているので、ヒイロは少々苛立って声をかけた。
「夕飯どうすんの」
ヒイロの声にぱっと二人が振り返る。
「お前が作れ」
二人はヒイロを指さしてザ・ピーナッツの『恋のバカンス』並のハモリでそう言った。
(ふ、古い……)
5
「ねえ、あれって何なのさぁ」
「だからお前には関係ないって言ってるだろ。何回言われりゃわかるんだよこのアホ」
「あ、あほとは失礼な……」
ヒイロはスプーンをくわえたままクリスを見た。昨日から幾度となく同じ質問を繰り返して
きたのだ。ヒイロは、ミスティとクリスが話していた、『あれ』というのが気になって仕方が
ない。
「だって気になるじゃんよ〜〜!」
「気になるくらいで首つっこむなっての。お前みたいなのは日本帰って親の元で働くのが一
番。そもそも何でこっちなんかに来たのさ」
ヒイロの動きが止まった。
「親の元って……なんでわかったのさ」
「?」
「やだったんだよ。何だか親がやってるから医者やるみたいで。だからもっと大きい事したく
て。こっちの大学来ればなんか違うことができるんじゃないかって。でもさ、医者ってのは、
根本的には人を助ける仕事でしょ、だから、何処に行っても変わらないんだなぁって事を最近
おもいはじめたわけ」
言い終えると、ふうっとヒイロは一人でため息をついた。
クリスが右手で器用にフォークをまわす。
「おまえんち、開業医なの」
「そ。せっかくこっち来たんだしちゃんと卒業して帰らないといけないから、俺は今すぐ帰る
わけに行かないわけ」
ああ、そう来ましたか、とクリスは頭を抱えた。
「だからさ、ここにいるって事は俺にも色々関係あるって事でしょお、ねえ、『あれ』ってな
んなのさぁ」
「だから、関係ないって」
「関係なくないよ、だってお前俺に手当てされたんでしょ、したらお前は一応俺の患者なわけ
だから、患者のことは色々知っておかないとね」
「へぇ、いっちょまえに医者のつもりかい。ま、俺は明日にはここを出て、ミスティとやらの
いるところにいくつもりだけどね」
ぶー、とヒイロが親指を下に向ける。
「なんでさあ。だってまだ傷は治ってないよぉ」
「こんな傷くらいでガタガタいってられるかよ。元軍人あんど逃亡者をなめるな」
そうクリスが言ったとき、ヒイロのアパートの前に車が止まった。
もー、とまだ文句をいいたげなヒイロを制して、クリスは人差し指を唇に当てた。
「しっ。黙ってテレビをつけろ。音量を上げて。それからカーテンをしめるんだ」
ヒイロは何のことだかさっぱりだったが、黙って言われたとおりにした。カーテンを閉めた
とたんクリスがクローゼットの扉の陰に隠れる。
そして、数分後。
ヒイロの部屋のチャイムが鳴った。
「誰だろう……こんな時間に」
時刻は午後十時半。
「どちらさまですか」
ヒイロがインターホンに出る。
「警察のものですが。この辺に凶悪殺人犯が逃げ込んだようなのでそれで……」
「ほ、ホントですか!?」
ヒイロがびっくりしてぱっとドアを開ける。
「あの、一昨々日に殺人がありまして……この辺りに逃げ込んだようなのですが。あの、今は
お一人で?」
「あ、あ……はい」
ヒイロは何となくそう言った方がいいと思ったので嘘をついた。
「そうですか。では、気をつけてください。我々もパトロールをしますので」
「は、はあ」
「それでは」
警察はそれで去った。何となく合点のいかないヒイロはリビングに戻り、クリスに声をかけ
た。
「警察だって。何なんだろう」
クリスはクローゼットから出てきてヒイロの口を塞ぐと、何も喋るなと言うしぐさをした。
それからクリスは玄関口に向かい、ドアノブからポストから隅から隅まで調べあげた。
ヒイロは「何してるのさ」という言葉をようやくのみこんで黙ってその様子を見ていた結果
、ドアの鍵穴、ポストの内側、そしてインターホンの三カ所から盗聴器が発見された。クリス
は何も言わずにそれを壊した。
「そ、それって……」
「FBIの連中だよ。まさかもうここまでかぎつけるとは。俺、明日の早朝にはもう出るから
な。あんまりのんびりしてられない」
「……」
「お前もなるべくなら引っ越した方がいいぜ。面倒なことになりたくないだろ?
……いいな」
「え、えふびーあい……」
ヒイロは何故かへろへろになって玄関に座り込んだ。
「だって盗聴器なんて……。警察なんじゃないの?」
「警察どころか、俺にとっちゃストーカーみたいなもんさ」
「こ、こわいんだね」
「だから『あれ』については触れるなって言ったろ」
「それとこれとは話が別さ。あれにはミスティの弟ってのが絡んでる訳だし、俺の友達……だ
ったケンも絡んでるわけで。あ、そうそうミスティがね、弟と俺が似てるって」
にこにこしながら自分の顔を指さすヒイロを見てクリスは首を傾げた。
「どこが??? ミスティの弟とやらの方がもっと利口そうな顔してるぜ」
「なにぃ!」
6
翌日、クリスは言ったとおりに早朝まだ日も出ていない頃にヒイロの家を出た。そしてその
ままその辺にあった車に勝手に乗ってミスティのいるダウンタウンに向かった。
古くなったホテルの地下にあるバー。外からの古い階段から中に入れるそこは、ミスティ達
の溜まり場だった。あまりに場違いな雰囲気で現れたクリスは階段のところに数人いるミステ
ィの仲間に不思議な目で見られたが、誰も彼には声をかけることが出来ず、クリスはそのまま
バーに入っていった。
「ミスティ」
声をかけるとミスティはびくっとして振り返った。
今日もTシャツにGパンというただの不良という格好だった。クリスはこの女は普通の女ら
しさに欠けていると思った。
「ああ、驚いた。全然気配を感じなかったよ。それが軍隊とかの訓練の成果?」
「まあ」
最初の一声がこれかいと思ったクリスはそのままずかずかと中に入っていってカウンターの
ミスティの隣の席に座った。何人かのミスティの仲間が不審そうに見たが、クリスの方はいっ
こうに気にしない。
「ヒイロの家に俺が居ることが見つかった」
「?」
「俺は立場上、追われる身なんだよ。で、ヒイロをこれ以上絡ませないように『あれ』につい
ては何も教えなかった」
「それがいいだろうとあたしも思った」
ミスティは黙ってコーヒーをクリスにすすめた。
砂糖を5杯どばどばと入れた後、クリスはそれを一口飲んで
「ああうまい。やっぱコーヒーはこれじゃなきゃ」
と言ってミスティに笑いかけた後、今度は真剣な顔になって言った。
「ヒイロだけじゃなく、お前の仲間にもあまり首を突っ込ませない方がいいかもしれない」
「……」
「単にお前の弟を取り戻すだけで済むならいいさ。だけど、事態はそんなに甘くない。俺達が
『あれ』をやめさせようとしているとわかったら、俺達は全員犯罪者ってことになって普通の
警察じゃなくてFBIに追い回される羽目になる。そうなったとき、お前こいつら全員の面倒
をみきれるか?」
ミスティは首を横に振った。
「……確かに、みんなをこの件からはずしたいと思っていたけどまさかFBIなんてのが絡ん
でくるとはね」
「ああ。昔は地味な仕事だったんだけどな。時代は変わるのさ。なんでも上の奴等に都合のい
いようになってく。今じゃ国の犬だよ」
「ふうん。じゃ、やっぱり厄介だな」
「だろ?」
二人がそう話してたとき、今までその後ろで黙って聞いていたカークが口をはさんだ。
「でもみんな、ロジャーを助けたいんだよ。あいつが、人殺しのための研究をしてるなんてそ
んなの許せないから……。それは俺じゃなくてもそうだと思うし。それに一応おれたち仲間だ
ろ? だから少しでもミスティの役に立てればって……」
ミスティはカークの真剣そうな顔をみてしばらく顎に手を当てていたが、ぽんと手を打つと
、こう言った。
「じゃ、ヒイロをしっかり見張ってろ。あいつ、一人でかぎつけて何するか分からない
からな」
カークは「え」と声を漏らした。なんで俺がそんなことしなきゃならないのさ、と言いたげ
である。
「文句あるのか?」
ミスティが凄む。
「……や、何もないです……」
カークがうなだれる。
「わかったらヒイロの所行って来いよ。もうあたしたちとは何の関係もないって説得してくる
んだ」
「……わ、わかった」
カークは力無く立ち上がった。自分は何でこんなにこの女にこき使われるんだろうと思った
。
「あ、じゃ、ついでにヒイロに引っ越しを勧めてくれない? あの家あぶなそうだから。適当
な物件探して引っ越すように」
「は、はあ」
さらにカークはこのわけのわからない見知らぬ金髪の男にそう言われて何だかどんどん自分
がむなしい存在に思えてきたようで、やる気のない足取りでそのままバーを出ていった。
数十分後。
店の電話が鳴った。
店にいるミスティの仲間の一人がそれをとる。
カークからだった。
「ヒイロが居ないんだよ。鍵もかかってるし」
ミスティとクリスが顔を見合わせた。
今は午前十一時。クリスは嫌な予感がした。
クリスはミスティから受話器をひったくると、
「そこでそのまま待ってろ。絶対動くなよ」
そう言ってクリスは店を飛び出した。ミスティも続く。
クリスが車のエンジンをかけると、ミスティはポケットから銃を取り出した。
「何かあったんだろ。使いなよ」
クリスは、ああ、という顔でそれを受け取った。
「撃ったことは?」
ハンドルを手にしながらクリスが言った。
「何回もある。大丈夫、ダウンタウンの育ちだから」
ミスティはそう言って笑った。
ヒイロの部屋からは物音一つしなかった。クリスが管理人から借りた合鍵でヒイロの部屋を
開ける。中は誰も居なかった。
「どこか出かけたとか?」
ミスティの問いかけを無視してクリスが内側のドアノブを調べる。
「……プロの仕業だ」
「え?」
「指紋がない」
クリスはそう言ってさらに奥に進む。
ヒイロの寝ていたベッドにこぎれいな封筒が置いてあった。
クリスがそれを取って中身を取り出す。
『クリス・S・フォード
ベッカー研究所にて本日午後五時に待つ』
go next>>