第一章
1
日本人の留学生らしき青年が大学のキャンパスの駐車場で突っ立っていた。山根弘也。
ロサンゼルスの医科大学にいる大学二年生。アメリカは初めてではなく、幼い頃両親の仕事の
関係で3年ほど滞在していたが、本人はあまり記憶がないのでもう一度アメリカに住んでみよ
うというつもりでか何でか彼は高校で日本を出て、それからアメリカで受験し、ロスの大学に
入った。
「遅いな、何だよ飯おごってくれるって言ったのに」
山根弘也は腕時計をちらっとみた。約束の時間をもう40分も過ぎている。
彼は友達からは何故かヒイロと呼ばれていた。最初に名前を言ったとき、相手が「ヒーロー
じゃないの?」と言ったためで、彼が「ヒーローじゃないよ、野茂じゃあるまいし」と言った
ら馬鹿受けして、それ以来どういうわけかヒイロと言われるようになったのだ。
ヒイロは携帯を取り出して待ち合わせしたはずの友人にかけてみた。しかし、何故かつなが
らない。
「野郎、はめやがったな」
そう言ったとき、目の前に車がやってきた。
黒いあまりきちんと洗っていなさそうなその車はヒイロのすぐまえにとまった。
「何だよ、車変えたのか?」
車のドアが開いた。中に乗っていた人間の顔より先に銃口が見えた。
「おい、悪い冗談よそうぜ、寒いよ、ケン」
ヒイロはそう言ったが、背中に何かを突きつけられてびくっとした。
そうっと後ろをうかがう。
見たこともないような男はヒイロに銃を突きつけたまま、顎で車に乗るように指し示した。
どうやら友人のお迎えではないらしい。
──これっていわゆる誘拐?
ヒイロは車に乗りながら自分に問いかけたが、こんな歳の自分をさらって何になると思って
首を振った。
「あのう、お、お金ならあるんだけど……」
おそるおそる言ってみたヒイロに、さっき背中に銃を突きつけた男が今度は鼻先に銃を押し
つける。
「Shat up」
有無を言わせずに男はそう言うと、運転席の男に車を出すように促した。ゆっくりと車が駐
車場を出る。
ヒイロの頭の中は混乱していた。
──一体、何なんだよ、これもケンのジョークなのか? 金が目当てじゃないとすると何なん
だよ、俺、何かしたか? 何もしてないよなぁ、とすると、これはやっぱり誘拐……。
鼻先の銃は動く気配もなく、ヒイロは常に硬直したまま車に乗っていた。たかが二人の男に
いきなりとっつかまって誘拐されるなんて、日本人て何てボケなんだと自分でおもい、ヒイロ
はため息をつく。さらに日本人がみんな自分でないことに気がついて自分だけがボケなのかも
しれないと思って落ち込んだ。
気がつくと車はダウンタウンの中に入り込んでいた。
やばいんじゃないの、というヒイロの気持ちがだんだんと増してゆく。もしかして自分て何
かの人質になるとか、それともヤクの売人にさせられるとか、それとも、売られちゃうのか、
ヒイロは次第にどころじゃなく、もっともっと不安になっていく。
車はダウンタウンのある路地のところにとまった。
これから何が起こるのかさらにヒイロは不安になる。
ドアを開けてヒイロに銃を突きつけたまま外に出すと、男二人は目の前の建物の地下のバー
にヒイロを連れていった。
バーはヒイロに銃を突きつけた男達の仲間らしい不良達が大勢いた。
「ボスは?」
「しらねえ」
短く会話をすると、男はヒイロに銃を突きつけたまま奥の部屋に入れた。問答無用で手足を
縛られる。
「な、何なんですか、あなたたちは」
ヒイロは黙っていられなくなって男に言った。
「お前はケン・イケガミか?」
男はヒイロの問いに答えずに自分からヒイロに問いかけてきた。ケン・イケガミとはさっき
ヒイロが待っていた友人のことである。
「違うよ、それは俺の友人。俺は山根弘也。何なんだよ!」
銃が離れたとたんヒイロは強気になって男を睨み付けた。
「身分証明書を見せてもらうぜ」
「勝手にしろよ、警察かよ、お前は」
男は黙ってヒイロの財布を抜き取り、中の大学のIDを手にして首を傾げた。
「ほんとだ」
「ほんとだ、じゃない!」
わめくヒイロを見向きもせず、男は後ろを振り返って別の男に何か言った。
「間違えたかもしんねえな……まずったか」
男はそのままヒイロを置いて部屋を出ていく。
「おい、ちょっと待てよ」
ヒイロが呼び止めたが遅かった。
彼はそうして数十分の間、縛られたまま汚い小さな部屋に閉じこめられたのである。
そして、いい加減縄をほどこうとする気力も失せてきた頃、部屋のドアが開いた。
入ってきたのは黒いボブショートの、灰色と明るい緑色のの混ざったような瞳の色をした少
女だった。美少女というのにふさわしい。
何となくあっけにとられてヒイロはぽかんと少女の顔を見ていた。
「こいつじゃねえよ! お前ら東洋人の顔の見分けもつかねえのか! 写真ちゃんとみせただ
ろ!」
顔に似合わないひどい言葉遣いで少女はさっきの男を罵った。
「ちゃんと顔を見ろ!」
少女はさっきの男の髪の毛を引っ張って部屋に連れてきた。
「こいつとこの写真の奴がどう似てるっていうんだ! ああ? お前の目は節穴か?」
片手にケンの写真を持ってどなって少女が男を蹴りとばす。
男はヒイロのすぐそばまで飛ばされて、苦痛に顔をゆがめた。
「す、すいませんボス……」
男の口から漏れた言葉にヒイロはぶっとぶほど驚いた。
「ボ、ボスって、この子が? 女の子なのに!?」
ヒイロが思ったことを口に出すと、男はいきなりヒイロのそばから離れて、ボスの少女の顔
をうかがった。
「馬鹿、お前それ言っちゃダメなんだよ……」
小声で男がヒイロにささやく。
「え? 何?」
いきなり少女がナイフを取ってヒイロに近づいてきた。
「ちょ、ちょ、ちょっと。えええええ?」
男が両手で顔を覆う。
少女はヒイロの前でかがむと、いきなりナイフでヒイロを縛っている縄を解いた。
ほっとヒイロが息を吐く。男は信じられないようにヒイロの方をみていた。
少女がとても優しい笑みを浮かべる。
「ごめんな。うちの馬鹿が間違えちまってよ。恐かった?」
「う、ううん」
ヒイロは首を振って見せた。このボスが男だったら怒鳴っていたところだろう。
「そこのバーで何かおごるからさ、機嫌なおして。おい! カーク! 何か食うもん買ってこ
い!」
「は、はい」
カークと呼ばれたさっきの男は少女に脅えるようにして部屋を出ていった。
「こっち」
少女は部屋を出てバーのカウンターにヒイロを座らせた。
「ここさ、あたしたちのたまり場だから」
「へ、へえ……」
周りを見回すとすごい格好の男ばかりが目にはいる。
その少女以外は一人も女はいなかった。
少女はマスターになにか注文すると、タバコを吸いだした。
「い、いいの?」
おそるおそるヒイロが尋ねる。吸ってもいい年齢か、という意味だ。
そんなヒイロをちらっと横目で見ると、少女はふっと笑った。
「あんたは吸わないの?」
「う、うん」
また少女は笑った。
「今日はほんとにごめんね。あたしが行きゃよかったんだけど。その、ケンとは本当に友達?
」
「うん。彼に何か?」
「……あんまあんたには関係ない」
そう言われてヒイロはケンの事が心配になった。
「関係なくないよ、友達だから。彼に危害が及ぶなら俺も黙ってはいられないから」
少女は黙ってタバコをもみ消した。
回りの男達の視線が集まるのが感じられた。
「……似てる」
少女はそう言った。誰に似てるのか、わからなかったがとっさにヒイロはこう聞いていた。
「弟かなんか?」
その言葉に何故か何人かが銃を構えた。ヒイロの背筋に冷や汗が伝った。
──何でこんなこと言っただけで銃を向けられるんだよ〜!
ヒイロは彼らの行動が全然理解できずに恐怖に顔が歪んだ。
銃を構えた何人かに向かって少女はやめろというように右手を向けて、こう言った。
「何で?」
自分を見ている少女の目が何だか悲しそうにヒイロには映った。
「そう思っただけ」
「当たってるよ。すごい勘がいいんだね」
少女はマスターからうけとったカクテルを自分とヒイロの前に置いて言った。
「あんた名前なんて言うの?」
「山根弘也。でもみんなヒイロっていう」
「ヒーローじゃないの? ノモみたいに」
「野茂は英雄っていうんだよ」
「ふうん」
少女はカクテルを一口飲んだ。
「あたしはミスティっていう。別に覚えてくれなくてもいいんだけどさ。この辺の奴等に何か
絡まれたらあたしの名前出せば余裕で追い払えるから、覚えといた方が得かもな」
「す、すごいんだね。女の子なのに」
そう言ったヒイロをミスティはギロっとにらんだ。
「『女の子なのに』? じゃああんたは男の子なのにいとも簡単にカークなんかにつかまった
わけ? いっとくけどね、カークは一度も喧嘩であたしに勝ったことがないんだぜ。腕力だっ
て全然弱いし。そんなやつに銃突きつけられてはい車にのりますって、あんた馬鹿じゃねえの
? 『男のくせに』そんな銃なんてはったりだって事にも気がつかないわけ?」
ミスティは早口でそう言うと、またカクテルを一口飲んだ。
ヒイロは悪いことを言ったと思った。ミスティにとって女であることが一番のコンプレック
スなのだ。なのに──
「ごめん」
ヒイロが本当に悪そうに謝ると、またミスティはぷっと吹き出した。
「すぐ謝るんだな。もうちょっと口論しようぜ。それとも馬鹿なの? 男のくせに?」
そう言ってミスティは声を立てて笑った。それからまた、「よく似てる」と言った。
それからしばらくヒイロはミスティと話をして帰った。
帰りはヒイロをケンと間違えたカークが気にして車で家まで送ってくれたので、ダウンタウ
ンを抜けるのも危険ではなかった。ヒイロにしてみればこれが禁断の地ダウンタウンの初体験
だったのである。
2
翌日、ヒイロが大学に行くとケンの姿がなかった。ヒイロは昨日の今日なので心配して彼の
携帯に電話したが、つながらなかった。家の電話も留守伝にすらなっていなくてヒイロは本気
で心配になってきた。
それから夕方までヒイロはケンに電話し続けたが、一度もつながらず、ヒイロは多少危険だ
と承知しながらも、昨日連れ込まれたダウンタウンに足を運ぶ決心をした。
友人から車を借りてヒイロは昨日のバーに出かけた。
ミスティでなくともカークか誰かがいるはずだ。
ヒイロはバーの横に車を止め、バーにつながる階段を下りた。
階段には何人もの不良がたむろしている。おそらくミスティの仲間か何かだろう。不良達は
ヒイロをしばらく眺めていたが、その内の一人が声をかけた。
「おい、誰だお前」
ヒイロが振り向く。ミスティの知り合いだと思ってもやはり恐いモノは恐い。
「あ、あのう、ミスティに、会いに……」
「何だと? お前、一体誰だ」
「昨日、カークに間違えられた日本人なんだけど」
不良達は顔を見合わせた。
「ボスなら中にいるぜ。でも今なんか話し合ってるからあんまり邪魔するなよ」
すんなり通してくれたので、ヒイロはほっと胸をなで下ろし、バーのドアを開けた。
その瞬間、ナイフが飛んできてヒイロのすぐ横のドア枠にささった。
ヒイロは驚いて声も出ない。
「あ、お前か。ノックすりゃいいのに」
とぼけた声でミスティが言う。
「な、ないふ……」
「この辺は物騒だからさ、あたしをつぶそうなんてやつはたくさんいるんだよ。で、どうした
?」
ヒイロは窓枠のナイフが半分以上食い込んでいるのを見てからあわててミスティの方を向い
た。この腕なら軽く人を殺せる。
「なんかあるんだろ、言えよ。こっちも忙しい」
「ケンが……」
ミスティの目の色が変わった。
「ケンがいなくなった。というか、音信不通なんだ。もしかしたら君たちが関係してるんじゃ
ないかと思って」
ミスティの回りの男がざわめく。
「あたしじゃない」
「……」
「あたしはまだ何もしてないよ、これからどうしようかって話をしていただけ。音信不通?
じゃ、奴は逃げたって事だね」
「逃げる? どうして」
「関係ないだろ。あんまり首を突っ込まない方がいい。あんたの住んでいた所みたいに何でも
平穏で、ちゃんとしてて安全なわけじゃないんだよ。わかったらとっとと帰んな。あたしも色
々忙しいんだ」
そう言ってヒイロを相手にしないミスティにヒイロは首を振った。
「関係ないって? 俺は関係なくない。ケンはどうであろうと俺の友達なんだよ、それがいな
くなって関係ないって? もし死んでいたとしても関係ない? ミスティ達は彼について何か
俺の知らないことを知ってるんだろ。教えてくれるくらいいいじゃないか」
強い口調で一気にまくしたてたヒイロの態度に、ミスティの周りの男達はざわめきだした。
どうやら反感をくったらしい。
「だまんな」
そんな周りの男達を一言で黙らせて、ミスティはヒイロの方をまっすぐに見た。
「教える? 奴はこっちの事情にかなり関係してるんだよ。だからあんたの友情やなんだかそ
んなもので内密な事まで首つっこまれちゃ困るんだよね。聞くだけ聞いてあんたがその、友人
とやらにつくんなら、こっちはあんたを殺さなきゃいけなくなる」
「……殺す?」
ヒイロの顔色が変わった。
「殺すって、何なの? ケンはそんなに悪いことをしているのかい?」
ヒイロは信じられない様子でぽかんとミスティに聞いた。
「この世界にはね、あんたの知らない裏の世界っていうのがあるの。あんたは表に住んでるん
だから裏にわざわざ首を突っ込む事なんてないのさ。わかったら帰りな」
今度こそ本気でミスティが語尾を強めた。
ヒイロは一度立ち上がりかけて、もう一度ミスティを見た。
「じゃあ君やケンは裏の世界の住人なわけ?」
ミスティは黙ってうなずいた。
ヒイロは立ったままミスティを見おろす形でまたこう言った。
「でも俺は……そんなケンと友達のつもりだから。あいつがそんな悪い事してるなんて考えら
れないし、信じたくもない。けど、どうしても君がそんな風に言うなら確かめたいじゃないか
。彼が君に、ううん誰かに対してひどいことをしているなら、黙っていられないし。なのに、
それでも、世界が違うって、そんな大切なこと?」
ミスティはヒイロから目をそらして、何も言わなかった。
ミスティが答えないので、ヒイロはもう何も言わずに出口の方に歩き出した。
「ケン・イケガミは同じ日本人で背格好の似たお前を替え玉にするつもりで利用した」
ヒイロの足が止まる。
「あいつはただの医学生なんかじゃない。あいつの父親は軍の専用の科学者だ。そしてあいつ
もその一員。あたしの弟はそいつらに利用されてる」
ヒイロが振り返った。
ミスティはいつになく気弱そうな顔をしていた。
「弟は……あいつらに連れ去られたんだ。あたしは、弟を、ロジャーを取り返したい。あんな
奴等に、弟が人殺しのための道具をつくらせられるなんて許せない。だから……」
ミスティはそのまま下を向いた。
他のミスティの仲間はいきなり彼女がそんな事をこの見知らぬ東洋人にしたことに驚いてい
たようだったが、誰も何も言わなかった。
ヒイロは下を向いたままのミスティを見ながらこう言った。
「けが人が出たら俺の所に連れてくればいいよ。一応医学生だしね。どうせ一騒動起こす気な
んだろ?」
そのままヒイロはドアを開けて出ていった。
ミスティが顔を上げたときにはヒイロはもういなかった。
突然あんな事を言った自分がまだ信じられなかった。
仲間以外には決して口にしなかったのに。
きっとあいつが弟に似ているから。
ミスティは自分の疑問にそう勝手に答えをつけた。
3
夜中の3時半。ある屋敷を見渡すことの出来る林の中にミスティ達はいた。
「こんな辺鄙なところにこんなでかい屋敷があるところからして怪しいんだよな」
ミスティがぼやく。
隣ではカークが双眼鏡で屋敷の様子をうかがっている。
夜中なので部屋は全て電気が消えているが、正面の玄関にはしっかりと護衛がついている。
「本当にここにロジャーがいんの?」
カークが言う。
「や。わかんない。いなくてもケンとやらはいるさ。ここはやつの父親の屋敷の一つだから
な。そしたらそいつを捕まえてロジャーの居場所を吐かせる」
「あっそ。じゃ、どちらにしろ襲撃は予定通り実行ってわけね」
カークが双眼鏡から目を離してウインクした。とはいえ、暗闇の中でそんな行動が意味を為
すとは思えない。
「ま、こっちには医者がついてるから治療費はうくしな」
ミスティはそう言って笑うと、後ろに待機している他の仲間に声をかけた。
「そろそろ行動を開始する。いいか、作戦通りに、だぞ。少しでも遅れたりすればすぐにムシ
ョ行きだからな。そんなことしたら必ずぶっ殺す。いいな」
ミスティがそう言い終わった瞬間、ものすごい爆発音とともに屋敷が吹き飛んだ。一斉にそ
の場の全員が伏せる。
「一体なんだ? お前ら何かしたのか!」
「するわけないだろ!」
爆風に身を伏せながらカークが叫んだ。
そんなカークの手から双眼鏡を奪い取ると、ミスティは素早く屋敷の周りを見回した。
爆風の中で走っていく人間が一人。
少し長めの金髪がよく目立った。
「ロジャー!」
叫ぶと双眼鏡を投げ捨ててミスティは燃えている屋敷の方に走っていった。
地面に落ちて割れた双眼鏡を手にし、
「マジ!?」
と言ってまたカークも走り出し、その後に全員が続く。
ミスティが爆発の中から逃れた人間に追いつく前に、その人物は地面に倒れ込んだ。
ミスティが駆け寄る。
うつ伏せになった顔を上に向かせると、ミスティはその人物を揺すった。
「大丈夫か! おい!」
その男は少し目を開けたようだった。だが、すぐに眼を閉じて再び意識を失った。
「ミスティ! それ、まじロジャー?」
カークがミスティに駆け寄る。
ミスティは首を振った。
そしてその男が腹部から出血していることに気がつく。銃で撃たれたらしい。
「連れていこう。敵にしろなんにしろ、話を聞くことはできそうだ」
ミスティはそのまま男の体を担ぐ。思ったより重かったためか、体がすこし揺れた。
「俺が担ぐよ」
カークはそう言ったがミスティはそれを無視し、
「当たり前だけど、今回の襲撃は無し。わかった?」
「あ、ああ」
なんとなく腑に落ちないようにカークはまだ燃えている屋敷に目をやって消防車を呼んだほ
うがいいかを考えていた。
分厚いペーパーバックをパタンと閉じてヒイロはため息をついた。物語の結末がなんとなく
納得がいかなかったためだ。
「もう少しハッピーエンドだったらよかったのになぁ」
ぽそっとそう言って、ヒイロは目の前に横になっている男に目をやった。右の腕から細い管
がのびている。
一昨日ミスティ達が連れてきた男だった。
銃で腹部を打たれ、病院に連れていった方がよさそうだと判断したのだが、銃の傷は警察に
通報されるとのことで、そうなるとミスティ達には困るらしく、ヒイロは無理に頼まれてこの
場で応急処置を行った。
幸い弾は貫通していて、撃たれた場所も悪くなかったため、ヒイロは大学から借りて(盗ん
で?)きたもので手当を済ませることが出来た。
「でも無茶をいうよな……。死んでたらどうするんだろ」
ヒイロは点滴のケースから液体が無くなっているのに気がつくと、手を伸ばして腕から針を
ぬこうとした。
ヒイロの指が男の腕に触れたとたん、びく、と男の体が動いて男は跳ね起きた。即座に壁側
に身を寄せ、銃を取ろうとして無いことに気がつく。
「だ、だいじょうぶなの?」
逆にヒイロの方がびっくりして裏がえった変な声を出してしまった。男が突然動いたため、
針の刺さっている右腕から血が出ている。
「……誰だお前は」
男が低い声で言った。
「山根弘也。医学生なんだ。銃で撃たれてたから、手当をして」
男の目から警戒の色が消えないので、ヒイロは途中で言葉を切った。
「病院に?」
男が言ったので、ヒイロは首を振った。
「ううん。警察に通報されるとまずいみたいだからさ。ここで全部応急処置したんだよ」
「そうか……」
やっと男の目から警戒の色が消えた。
「助けてくれてありがとうな」
「や、助けたのは俺じゃなくて、ミスティなんだ。君が屋敷の爆発の後倒れたときに担いでう
ちまで連れてきたんだよ」
「ミスティ……?」
「すごい女なんだ。可愛いんだけどね、恐いし。ギャングのボスなんだ。っていっても女のギ
ャングのボスじゃなくて、手下はみんな男で。すごい強くて……」
「へぇ、可愛くて恐いの。会ってみたいな」
男がへらっと笑うのでヒイロはとんでもないとぶんぶん首を振った。
「女だからってなめちゃダメだ。あれは女じゃない。一生男なんてできないよ。口説こうった
って、そんなことしたら殺されるのがおちさ」
「そんな気ないよ。俺、ゲイだし」
ガタンと大きな音を立ててヒイロが椅子ごと倒れた。
男がまたへらっと笑う。
「ジョークだよ、ジョーク」
「じょ、じょおく……」
かなり複雑な顔をしてヒイロが男の顔を見る。
「お前日本人留学生だろ。あれだな、まだこっちきて2年も経ってないだろ」
「な、なんでそんなことわかるのさ!」
「……英語のなまり具合。それにさっきのジョークにマジで驚いてるとことか。普通ああいう
のって雰囲気でわかるぜ、普通」
「ごめんね、普通じゃなくて。どうせ俺は日本人留学生の英語下手の世間知らずですよ」
「日本人てのはすぐ卑屈になるのか」
「うるさいな、もう」
「俺知ってるぞ。日本人は俺たちのことをガイジンて言うんだ」
「だからなんなんだよ〜!」
ヒイロがそう言ったとき、ドアが開いてミスティが入ってきた。
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