二章

「漁師の使う舟を用意させていただきました」
翌々日、椹はそう言って通るべき航路を二人に説明した。おそらく彼の性格を知ってのことだろうが、矢葺が行くのを止める者は誰もいなかった。
二人以外についてくるのは舟のこぎ手達と護衛だけで、最小限に抑えられている。漁師を装い、海に出た彼らは竜胆の港に近づいた。
「こりゃあ、京華の兵でいっぱいですな。港から上陸するのは難しいかもしれませんよ」
舟のこぎ手は二人にそう告げた。確かに港は厳重に警備されているようで、京華の兵が一つ一つの舟に目を光らせているのがわかった。
「どうします?」
「港じゃないところは上陸できないの?」
美利河が聞き返した。
「とんでもない。竜胆の南側の海岸は絶壁になってることで有名なんです。港じゃないところで上陸なんて」
「……」
美利河が考え込む。矢葺はおだんごを揺らしながらこう提案した。
「いったん戻って椹に相談したほうが良くないか?」
「ちょっと待って、今考えているところだから」
「でもあんまりここらへんでふらふらしてると逆に怪しまれますよ」
 こぎ手の男も助言する。
美利河はさらに考え込んだ。それなら、とこぎ手は逆方向に舟をこぎ始めた。
「とりあえずここから離れましょう。あっちに漁師の住む島があるはずです」
「そこは京華に占領されてないの?」
「さあ……竜胆の漁師達の島ですからね、大丈夫だとは思うんですが」  
しばらく進むと多くの漁船がつけられた島が見えてきた。猫の額ほどの小さな島だ。
近づくと、一艘の舟が近づいてきて声をかけた。
「京華の舟かい?」
「いや、違う。典仁さんはいるかい? 蘇芳の汪牙だ」
舟のこぎ手がそう言うと、声をかけた漁師はにっこりとしてうなずいた。
「ここの島の漁師とは戦争の前にはちょっと交流がありましてね。知り合いがいるんですよ」
「何だか助かった感じだな」
矢葺はそう言って大きく息をついた。
 
 
「久しぶりだな。どうしたんだ蘇芳の奴がこんな所に来て」
島に着くと典仁という男が美利河達を迎えた。
「国の人に頼まれごとをしてね、この二人を竜胆に送り届けなくちゃいけない」
「戦争のことか」
典仁は強面な顔をさらに引き締めた。
「そうだ。でも竜胆の港はどこも京華の奴らでいっぱいで入れそうにないんだ」
「俺に助けて欲しいってわけか」
「やっぱり駄目か?」
「いや、話によっては……京華を、この国から追っ払ってくれるんなら話は別だけどな」
汪牙と美利河たちは顔を見合わせた。
「うまく行けば……追い払えるかも、しれません」
「何だって?」
「私たちが竜胆に無事上陸することができて、まんまと都に乗り込み、国王と会うことができたなら」
美利河はそう言って典仁の鋭い目を見つめる。
典仁はしばらくの間目を伏せ、腕を組み考えていたが、やがて納得したように力強くうなづいた。
「よしわかった。他でもない汪牙の頼みだし、それに京華を追っ払ってくれるんなら願ったりだ。協力しよう。明日娘の茜と竜胆の方に昆布をおろしに行く。朝早いが、それならうまく行けば上陸できるぜ」
「本当か!? やったな」
 声をあげる矢葺に苦笑すると、典仁は忠告するように言った。
「ただし無事上陸できた後は、俺が今から言う手はずでうまいことやっておくれ。今は警戒がひどいんでな、そちらの護衛の方々は遠慮してもらいたい」
 驚いて矢葺が振り返る。
「やっぱり護衛ってばれてるか……」
「あたりまえだ坊主。俺たちみたいな素人で気づく程度だからやつらが気づかないわけがない。どうしてもっていうなら、別の方法で後からついていってもらうしかないな」
 矢葺の後ろで項垂れるようなため息が二つ三つ漏れてきた。彼らの使命はもちろん矢葺と美利河の護衛だったはず。それがひと時でも離れなければならなくなるとは。
 ところで、矢葺はといえば、「坊主」と呼ばれたことに妙に反応して一人憤慨しているのだった。
 

典仁との話し合いのあと、美利河と矢葺は浜辺に座り込みながら二人で話をしていた。すでに陽が傾いて赤く染まっている。
「一昨日の話だけどさあ」
「何?」
「京華が国境に兵力を集めてたって情報で、実は沖のほうに船を集めてた話」
「ああ」
「あれさ、うちの軍が船で姿を現したのに気が付いたら、京華はさっさとどっかへ消えていったってよ。まだまだ、他に色々たくらんでそうだな」
「そうね」
美利河は浜辺で膝を抱えた。
「京華には蔚木っていう有名な軍師がいるんだ。頭が良くて、いくつも奥の手を持ってるっていう。椹が、そいつが一番手強いって言ってた」
「軍師ねえ……。叶はよくそんな人間を見つけだしたわね」
「ああ。あっちは将軍もすごいんだってよ。叶はそういう人材を見抜く力があるって話だ」
「ふうん」
美利河は矢葺の話に適当にうなずくと、指で砂をもてあそんだ。
背後から気配がして、後ろを振り返ると島の少女が立っていた。季節柄にも合わず、何故か着ているものの袖をまくりあげてたすきがけにしている。先ほどまでなにか仕事でもしていたのだろうか。
「こんにちは。あんたたちが蘇芳から来た人?」
美利河がうなずくと、少女は近づいてきて横に座った。肩の辺りで大きく外に跳ねている髪の毛が揺れる。
「あたし、茜っていうの。明日一緒に行くんだけどさ、ね、竜胆には何しに行くの? ね、間諜?」
「間諜じゃ、ないけど……」
矢葺は美利河の方を見た。
「あまりそういうことは教えられないの。ごめんね」
「そっか。あ、でもかっこいいな、そういうの。国家機密って感じ? あたしそういうの好き。あたしでよかったら何でも協力するよ」
「ありがとう」
美利河は茜に微笑んでみせた。
「うまくいけばもしかしたら、竜胆を京華から取り戻せるかもしれない」
「ほんとに!? あたし京華の奴らにはいろいろとむかついてるんだよね。奴らが来てから竜胆に行くだけでも何だかいろいろ面倒が起きたりして。でも明日はまかせて。あたしが責任持って都まで送ったげるから」
茜はそう言って二人に笑顔を見せた。
 
 
朝の港には霧がうっすらと出ていたが、たくさんの舟でにぎわっていた。 まだ日も昇りきっていない早朝である。
「朝はね、市場に売り出しに行くから大忙しなんだ」
茜は竜胆の港を見ながら行った。
舟を港に付けるとすぐに京華の兵士が近づいてきた。
「島から昆布売りに来ました」
茜がそう言うと、兵士は漁師の格好をした美利河と矢葺を見た。
「見かけない顔だな。お前らも島から来たのか」
「はい。朝の市にはあまり来ないもので」
美利河がそう言うと兵士は納得したように去っていった。
「茜、馬車を持ってる温爺さんが倉庫の向こうにいるはずだ。そいつで二人を都まで送ってやんな」
「わかった」
「気を付けろよ」
汪牙はそう言って三人を送り出した。
美利河達は汪牙に言われた温爺さんのいる場所へ向かった。
温爺さんは馬車の前で座っていた。
「温爺さん! あたし達を都まで送ってくれる?」
茜が声をかけると、温爺さんは口にくわえていた長いパイプを手にとって茜の方を見た。
「はて。都に何をしにいくのかのう」
「父さんから聞いてないの? この二人都に行ったことないから連れていってあげるの! ね、馬車出して」
「今はいろいろと物騒じゃからのう。どうしたもんか」
ゆっくりした動作で温爺さんはまたパイプをくわえなおし、紫色の煙をはきだした。
「そんなこと言わないで、お願い。どうしても駄目なら馬車だけ貸してよ」
「ははは、冗談じゃよ。わしが都まで送ってあげよう。早く乗りなさい。しかし、物騒なのは本当じゃがな」
「物騒って?」
美利河が聞き返した。
「こんな遠方に配置された京華の兵士達が不満を持っていてな。その挙げ句反乱を起こそうなんていう輩もちらほらおるもんでな、都の周りは今とても物騒なんじゃよ」
温爺さんは三人が乗ったのを確認すると馬を走らせた。
「じゃから、都なんぞさっさと見て、日が落ちる前に帰った方がいい」
「ふうん。だってさ。どうする?」
茜はがたごという馬車の上で膝を抱えながら二人を見た。
「どうするって……しょうがないだろ」
矢葺は美利河を見て、美利河はそれに頷いた。
「危険は承知で来てるんだもの」
美利河がそういうと温爺さんは笑った。
「ははは。元気のいいお嬢ちゃんじゃの。お嬢ちゃんのような危険を省みない輩が反乱軍なんてのに集まって来るんじゃ。しかし死んでしまっては何にもならん。死んでしまってはな」
「おじいさんは京華に占領されててもいいんですか?」
美利河が聞いた。
「占領も何もわしには関係ない事じゃ。わしはこうして、馬車を走らせていられればそれでいいんじゃ。お上が竜胆でも京華でもわしには関係ない」
温爺さんはゆっくりした口調で歌うように言った。
「私は、嫌です。京華の兵に竜胆の人達が怯えて暮らしてるなんて。私なら、戦ってでも京華を追い払う。反乱軍に集まる人達の気持ち、わかります」
温爺さんはまた笑った。
「若いのう。でも、命は大切になされよ。死んでしまっては何にもならんからな」
何度もそう繰り返す温爺さんの言葉に、美利河は魯喜の顔を思い出していた。
 
 
馬車で二時間ほどゆられると、港町をはずれてからずっと続いてきた森林を抜けて大きな街が前方に見え始めた。
「あれが都じゃ。京華の兵のいる関所を抜ければすぐじゃ」
温爺さんはそう言って簡単に作られた砦のようなものを指さした。
「反乱軍がいるんじゃ警備もそうとう厳しいんだろうな」
矢葺は呟いた。
馬車を関所に付けるとすぐに兵士が数人で馬車を取り囲んだ。
「全員中から出ろ」
長剣を片手に兵士の一人が命じた。
温爺さんに続いて茜、美利河、矢葺全員が馬車から降りる。
全員が降りた後一人の兵士が馬車の中を確認した。
「特に何もありません」
降りてきた兵士がそう言うと、別の兵士が四人に訪ねた。
「都に何をしに行く」
「何って……ただの観光ですけど。あたしたち都って行ったこと無いんです」
茜が言うと兵士が疑わしそうに四人の顔を見た。
「証拠を見せろ」
そう言われて茜は戸惑った。
「証拠って言っても……」
「お前達が反乱軍に属していない証拠を見せろ。そうでないと中に入れるわけにはいかん」
茜と美利河と矢葺は顔を見合わせた。
すると温爺さんが一歩前に出てこう言った。
「この子達は港町の朝市にやってきた漁師の子供ですよ。わしの知り合いの子供です。ですから通してやってくれませんか」
兵士は黙って温爺さんの顔を見たが、いきなり温爺さんの胸ぐらを掴んで突き飛ばした。
「薄汚いじじいが。知り合いの子供? だから何なんだ。そんなもの何の証拠にもならん」
「てめえ老人に何すんだよ!」
矢葺がそう言って掴みかかると今度は兵士は矢葺を殴り飛ばした。
「反乱軍とおぼしきものどもはその場で処刑しても良いことになっている」
兵士は剣を構えた。茜が怒りに声を荒げる。
「ちょっと待ってよ! 何でそうなるのよ!」
「うるさい小娘!」
茜は別の兵士に殴り飛ばされた。
美利河が見るとすでに温爺さんの首には兵士の剣が突きつけられていた。
「貴様ら反抗的な竜胆の民のせいで俺達は故郷に帰れねえんだよ! 責任取れ!」
「やめなさい! その人はただの御者よ! やるなら私達をやりなさい!」
美利河が叫んだときには温爺さんの首が飛んでいた。
その首が地面に転がるまでの間が美利河には異常に長く感じられた。
「あ……あ……」
すぐ傍に倒れていた茜は言葉を失い身動きができなくなった。
「くそったれ!」
立ち上がって兵士に向かっていった矢葺は数人に取り囲まれて意識をなくすほどに殴られ蹴られた。
「こいつも殺っちまうか」
「いいぜ、俺が殺る」
倒れた矢葺に右足をのせて兵士が剣を抜いたのを見て、美利河は思わず村にいたときにもらった剣に手をかけた。その瞬間、美利河の全身を何かが駆けめぐった。
美利河は老婆との約束を忘れて剣を抜いていた。
「おい、見ろよあの女……」
一人の兵士がいいかけて全員が美利河の方を見たときには、美利河はすでに兵士達に斬りつけていた。 数人の兵士達が剣を抜いて全員美利河を殺そうとしたが、美利河の剣はとどまるところを知らず、そこにいた全ての兵士を斬り殺していった。 外の異変に気がついて、関所の中にいた兵士達も美利河に向かってきたがことごとく血飛沫をあげて倒れていく。
やがて美利河の全身が返り血に染まった頃、何かに憑かれたような美利河は新たな敵を探して目をさまよわせた。そして一人の長身の影が視界に入ると、美利河は迷わず斬りつけた。もはや相手が誰かもわからない様子である。
美利河は男に切りつける前に、その場に崩れ落ちた。
男は美利河の急所をついた腕で美利河の体を抱え上げると、茜の方に近寄り、「立てるか」と聞いた。
 
 
美利河は気がつくとすぐに跳ね起きた。
「よかった。気がついたね」
すぐ横には茜が座っていて、その隣にもう一人長い髪を後ろで束ねた男が座っていた。美利河は周りを見回して自分が今までこの屋敷で寝ていたことがわかった。
「一体、私は……」
「関所のところで気を失ってたのよ。それをあたしの弟が連れて帰ってきたの。それでここはあたし達の屋敷。大丈夫よ京華とは関係ないから安心して」
長い髪の男はそう言って方目をつぶった。美利河がどうしたらいいのか返答に困っていると茜が笑った。
「この人寒菊さんて言うの。劇団持ってるんだって。美利河と矢葺の面倒見ててくれたんだ」
「あっ、そう言えば矢葺は!? 矢葺は大丈夫なの!?」
美利河は思い出したように茜に問い直した。
「あの子ね、色々怪我してて大変だけど命に別状はないみたいよ。でも今は動くのだけでも大変だから、安静にしてないと」
寒菊は茜の代わりに答えた。よく見ると着ているものもきちんとした男物ではない。どちらかというと女性風な顔立ちではあったが男であることは確かだった。だが、今はそんな相手に惑わされている場合ではない。美利河は一番気になっていることを尋ねた。
「それから、私……私の剣は? あれはどうなったの?」
「弟の瀧が預かってるわ。瀧ならあっちの庭の方に出てるはずよ」
寒菊が言うが早いか、美利河は飛び出していった。
瀧は寒菊の言ったとおり庭に立っていた。
美利河は何故か一瞬、瀧に声をかけるのをためらった。それは彼が単に長身だったからなのか、それとも背後を見せていても隙のない何かが張り詰めていたせいなのかわからない。ただ、美利河は庭の端から声をかけることしかできなかった。
「私の剣を返して」
美利河が声をかけると、瀧はゆっくりと長身の体を美利河の方に向けた。 瀧の目を見て、何故かまた美利河は一瞬ためらった。只者ではない何か――そんなものが感じられる。こんな男がただの民間人であるものか。
「……私の剣を返して。あれはあなたが持っていいものじゃない」
瀧は美利河の顔を見て、鼻で笑った。
「『私の剣』か。あれはお前が使っていいものでもない。一体何処であんなものを手に入れたのか知らないが、俺があそこで止めなければお前はその剣の呪いに呑み込まれていたぜ」
「私を……助けてくれたの」
「まあ、そういうことだな」
瀧はそう言って美利河に近づいた。近寄ると余計に長身が際立つ。美利河の頭二つ分以上はゆうに背丈があった。
「お前、あの剣をどこで手に入れた」
 瀧の声は思った以上に低い声だった。
「……私の村を出るときにもらったの。私の村に伝わる呪いの剣よ。時が来るまで絶対に抜いてはならないと言われた」
「それをお前は破ったわけか」
美利河は黙って頷いた。
「まあいい、剣は返してやろう」
瀧が差し出した剣は鞘から抜けないように布が巻き付けてあった。
「こうしておけばなかなか抜けないだろう。それからもし剣を使う気になったならこっちを使え」
瀧はそう言いながらもう一本細い剣を差し出した。
「これは刃がもろくて折れやすい。だが歯止めが利かないお前には丁度いいだろう」
「ありがとう。でもどうして……何故この剣のことを知っているの」
もはやこの男が只者ではないと理解しつつも、美利河はまだ警戒心が解けない。瀧は縁側に腰掛けた。
「祖父から言い伝えを聞いたことがある。呪われた剣を持った男の話をな。そして遠い昔の俺の祖先がその剣を作ったことも」
「嘘でしょ」
「……本当」
 しばらく沈黙が流れた。
「その剣ははずっと北の山奥の聖なる村にあったはずだ。お前、そこから来たのか」
「まあね」
「……あの京華の阿砂耶ってのと同じ所から来たって事か」
「そうよ、私は阿砂耶の妹なの」
瀧は驚いて美利河の顔を見つめた。
「嘘」
「ほんと」
瀧は美利河の剣と美利河の顔を何度も見比べた。
「じゃあ何でその阿砂耶の妹が蘇芳の王子と一緒に竜胆に来てるんだ?」
「その前にあなたが何者なのか教えて」
瀧は顎に手をあてた。
「何者……って、何て答えればいいんだ? 俺の名は瀧で、おかまの劇団長の弟で劇団の用心棒をしてるって言えばいいのか?」
「それだけじゃないでしょう。見ればわかる。あなたはただの一般人じゃない」
美利河は瀧の目を見て言った。瀧は目をそらし、頭をかいた。
「なかなか鋭いじゃないか。いいぜ教えてやる。この都の反乱軍を締めてるのはこの俺だ」
美利河はそれを聞いて何故か全身が熱くなるのを感じた。そしてすぐにあの温爺さんの顔を思い出した。
「反乱軍って……あなた達のせいであのおじいさんが亡くなったのよ!」
思わず美利河が叫ぶと、瀧は何喰わぬ顔でこう答えた。
「それはすまなかったな。俺達の存在が京華の軍の奴等の神経を逆なでしてることは事実だ」
「そんな言い方って……」
「それじゃお前ならどうする。黙って京華の言いなりになって平気でいられるのか」
美利河は自分が以前温爺さんに言ったことを思い出した。
「……そうね、ごめんなさい。目の前で人が死んだから混乱してしまったの。あなた達の考えがわからないわけじゃないわ」
そう言って少し美利河は息をおいた。
「反乱軍の本当の目的は何?」
「そんなことを得体も知れないお前に話してもいいのか?」
瀧はそう言って笑みを浮かべた。
「わかった。私が何故ここに来てるのかも話す。だから先にそっちの話を聞かせてよ」
「そういうことならいいぜ。俺達の目的は単に自分の国を取り返すこと。だが今のままじゃ京華にはかなわないから国王の倭騨は決断ができない。だから俺達が戦力になるんだ。戦争の準備も京華に隠れて進めてる」
「そのことは倭騨は知ってるの」
「いや、まだだ」
美利河は瀧の話を聞いて一瞬考えた。この反乱軍が味方につけば話はさらにスムーズに進むかもしれない。
「私たちは倭騨を説得しに来たの。蘇芳の目的は隣国の竜胆を京華から寝返らせることによって危機を脱すること。蘇芳の軍師は、それを私に頼んだの」
「ふうん。で、何でお前はそれに乗ったんだ?」
「ただ、京華を倒したいから。それと兄を取り戻したいの」
瀧は黙ってそう言う美利河を見ていた。だがやがて、
「……おもしろそうな話だな。俺も協力するぜ。その方がお互い話がうまく行くだろ?」
と言って笑った。美利河も椹に頼まれた用事がうまくいきそうな予感に笑った。
と、いきなり後ろから声がかかった。
「美利河ちゃん。あの矢葺って子、気がついたみたいよ」
振り返ると寒菊が立っていた。
「ごめんなさいね、もうちょっと早く声をかけようと思ったんだけどあまりいい雰囲気だったんで話しかけられなかったのよ」
寒菊の言葉に美利河は反応に困った。
「女言葉でつまらねえ冗談言うんじゃねえよ兄貴」
「兄貴って言うなって言ったでしょ、あ、美利河ちゃん矢葺くんはこっちよ」
美利河は曖昧に笑うと呆れている瀧を残して寒菊についていった。
矢葺は布団に横になっていたが、それでもつらそうだった。
右の頬は無残にも紫色に腫れあがり、布団からはみ出ている左腕は包帯が幾重にも巻かれていた。その隣には先に来ていた茜が座って心配そうな顔をしている。
「大丈夫?」
美利河が声をかけると、矢葺は無理をして笑ってみせた。
「左腕は折れてるみたいね。それからもしかしたら他の骨も何本かいってるかもしれないわ。早めに医師に見せた方がいいと思うの。国に帰れるなら帰った方がいいと思うわ」
寒菊は困った顔をした。ここでは医師に見せようにも先日の騒ぎの手前、まともな医師には診てもらうことができない。
「美利河と矢葺は大切な用事があるんでしょ。ここで足止めされるのも困るのに、国に帰るなんてできないんだよね」
茜は美利河の方を見たが、美利河は答えなかった。
「……矢葺はどうなの。辛い?」
「見ての通りだよ。これじゃあ何もできないよな……」
矢葺は体を起こそうとして悲鳴を上げた。茜が横から助けてようやく起き上がれた矢葺はため息をついた。
「体のあちこちが痛いよ。でもなあ、美利河にもしもの事があったら俺の責任みたいになっちゃうし。女の子を一人で危ない目にあわせられないし」
「餓鬼のくせになかなか女を泣かせること言うじゃない」
寒菊は楽しそうに言った。
矢葺はやっと寒菊の存在に気がついてぎょっとした。そして小声で茜に聞いた。
「な、何、このおかま」
「寒菊さんていうここの屋敷の人よ。矢葺と美利河の面倒見ててくれたんだから」
「おかまが?」
「そう、おかまだけど」
「おかまなのに!? って事は俺はおかまに助けられたのか?」
「おかまおかまってうるさいわね。おかまじゃいけないの!? お礼の一言もないのかしら。ったく最近の餓鬼は……」
小声でやりとりしていたつもりだったが寒菊にはすっかり聞こえていたらしく、寒菊は実に不愉快そうだった。
「そうよ、おかまだけど寒菊さんはいい人なんだから、お礼くらいちゃんとしなよ」
茜がそう言って矢葺の頭を叩く。
「何!? お前おかまの肩を持つ気か!?」
矢葺も負けずに食い下がったが、美利河のため息で部屋の空気が元の状態に戻った。
「とにかく、矢葺が動けない以上、私が一人で行くわ」
「待てよ。それじゃあ危ないって」
「そうよ、あたしだってついていけるってば」
「お前が行ってどうするんだよ」
茜の意見はさすがに矢葺がなだめた。
「俺が言ってるのは、後から護衛のやつらが来るまで待とうって言うことだよ。待ち合わせは、たしかええと……上陸三日後に反乱軍の本拠地だったよな」
「馬鹿ねえ、あんた達が来てからとっくに三日経ってるわよ。ずっと気を失ってたんでしょ」
 寒菊が横槍をさす。ええ、と矢葺の大きな声が上がった。
「それじゃあ……」
「それにねえ、反乱軍の本拠地って、今はここの屋敷のことよ。悪いけれどそれらしき人は誰一人来てなかったようだけど」
「何でだ!」
 矢葺の悲鳴に近い声があがった。椹がつけてくれた肝心の護衛なしで今回の任務をどうこなせというのだろう。しかも美利河一人で。
「この間の美利河ちゃんの一件以来、都の関所も厳しくなったそうよ。まあ、そりゃそうでしょうけど。それで護衛の方々も来られなくなったんじゃない?」
 なるほど、と言いつつ矢葺は頭を抱えた。問題の原因は解明されたとしてもそれでは解決されていない。
 そんな中、美利河だけがようやくまともな意見を提案した。
「とりあえず、矢葺がこんな風になってしまったってことを蘇芳の人に知らせないといけないでしょう。仮にもあなたは皇子なんだから」
「あ、そうか」
当の本人は忘れていたように頭をかいた。
「うーん、どうしようか。警備は厳しくなったみたいだからなあ」
茜がそう言うと、寒菊が一言胸を張って、
「まかせなさい」
と言った。
「ま、まかせるって……?」
矢葺が不安そうな声を上げる。
「大丈夫よ。あたし顔が広いから蘇芳の人に何とかして伝えられるわ。知り合いはみんな芸人ばっかりだし、彼らは公演のために旅してても怪しまれないからお願いできるもの」
「そうか!そうね。すごいよ、寒菊さんて」
「そんなこともないわよ」
何故か意気投合している茜と寒菊を見て、美利河と矢葺は言葉を失っていた。
「じゃあ何とかして椹に使いをよこしてもらおう。それまでは……」
「それまではあたしがここで面倒を見てあげるわ」
人の良さそうな笑みを浮かべながら言う寒菊を見て矢葺は心底「げ」と思った。
「何て顔してるのよ失礼ね。人が親切に言ってあげてるのに」
「そうよ、矢葺」
「だっておかま……」
「おかまおかまうるさいわよ。安心しなさい誰もガキには興味ないから」
「……」
矢葺は目で美利河に助けを求めたが、美利河は横を向いて知らん顔をした。
「それより、美利河は一人で大丈夫なの?」
茜が思い出したように言った。
「そうだ、やっぱり一人は危ないって」
矢葺が言うと、寒菊が美利河の方を見た。
「もしかしたら瀧とさっきそのこと話してたんじゃなかったかしら」
「あ、そういえば……」
美利河がさっきの話を思い出して矢葺たちに説明しようとしている間に、寒菊は大声で瀧を呼んでいた。
「瀧? 誰? 何?」
矢葺が茜と美利河の顔を見比べてきょろきょろしている。
「大声で呼ばなくてもわかる」
入ってきた男の身長の高さに矢葺は唖然とした。
「……誰? ……あんたの彼氏?」
思わず口に出してしまった矢葺は、茜と寒菊の二人にはたかれた。
「あたしの弟よ。ねえ瀧、この矢葺君が身動きとれないっていうことだから、あんたが美利河ちゃんを助けてあげてくれない?」
「あたしからもお願いする」
茜は座り直して瀧の方を見た。
瀧はしばらく黙って四人の顔を眺めていたが、「別に構わない」とだけ言った。その反応に純粋に茜は喜んだようだった。
「ほんと? よかった。これで大丈夫ね、矢葺。瀧さんて強そうだし」
「……ほんとに大丈夫なのかなあ」
矢葺は一人不安げに瀧を見たが、瀧の鋭い目にさっと視線を逸らした。
「大丈夫。心配しないで。椹に言われたことは必ず成功させるから」
美利河はそう言って矢葺に微笑んだ。
 
 
翌日は雪が降っていた。
日が暮れた頃、美利河は瀧と共に馬に乗って都の中心部を目指した。
「昨日のうちに俺の仲間に伝令が行き渡ってるはずだ。城の中に入るのも大分楽なはずだぜ」
「どういうこと?」
「城の中にも反乱軍がいるってことだ。お前も俺も、国王倭騨の意向を変えるのが目的だ。倭騨が意志を変えたことを表明して、全面衝突になってもいいだけの準備が俺達にはある」
「随分な自信ね」
「その自信を倭騨に信じさせるためにお前が必要だ。あいつは根っからの臆病者だからな。今回の事がうまくいったら蘇芳の女王に伝えておけ。俺達はいつでも力を貸すと」
「わかった。……でも正直言ってまだ私はあなた達兄弟を信用していいのかどうかわからない。出会ったばかりで間もないもの」
美利河はそう言って瀧の顔を見た。瀧は白い息を吐きながら言った。
「信じるも信じないも自由さ。真実はそのうちわかる。今は目の前の目的を果たすことだ」
雪は少しずつ積もり始めていた。
城の門は堅く閉ざされていて、灯りが煌々と灯っていた。京華の兵が城壁の周りをうろついているのがわかる。
城の鬼門の傍の木に辿り着くと瀧は口笛で仲間に合図し、そして門が開いた。
「いいぜ、入れよ」
門に入る前に瀧の仲間らしい数名が中から出てきて二人が乗ってきた馬をどこかへ連れていった。
「倭騨が部屋で一人になったときが丁度いい。寝込みを襲うみたいな形になるが仕方ないだろう」
瀧は門を抜けた後すぐそばの木に身を寄せて時をうかがった。
「そこまで辿り着くのには問題はないの?」
「城内にいるのは元々城の近衛兵だった奴等だ。京華のやつらじゃない」
美利河はあまりに事がうまくいきすぎて多少不安になった。
「いいか、倭騨がお前の話を信じなかったらその剣を見せろ。それがお前が阿砂耶の妹だとわからせる手っ取り早い方法だ」
「何故?」
「剣に書いてある文字さ。そいつは人間の言葉じゃない。神の文字だ。蘇芳の軍師はお前を阿砂耶と同じように神に仕立て上げるつもりなんだろう。そのためにその剣は丁度いい小道具になる」
椹の考えまで読まれているのを知った美利河は、この瀧という男が敵に回ったらどれだけ恐ろしいかと思った。
「さて、そろそろ夕飯が終わって国王は部屋で一息つく時間だ。一番近い道を知っている。俺についてこい」
そう言うと瀧は先に立って歩き出した。
 
 
布団から動けない矢葺は散々寒菊と茜のおしゃべりにつきあわされていた。
全く一体女って(謎なのもいるが)何でこんなにおしゃべりなんだろう――と思いつつ矢葺はうんざりしていた。そして美利河がおとなしいことに感謝した。
そして止まらぬ女達の世間話は矢葺に飛び火した。
「ねえ、矢葺ってさ、美利河の事好きなの?」
茜が目をぐりぐりさせて聞くと、寒菊も興味津々といった顔をして矢葺を見てきた。
「あたしもそうじゃないかしらって思ってたんだけど」
おかまにこんなことを言われた矢葺は心底むっとして、
「何でそんなことお前に言われなきゃいけないんだよ」
と言い返した。すると茜は嬉しそうに、
「ほーらね、やっぱ。絶対そうだと思ってたんだ。だって旅の途中で会ったとかいってあれ絶対軟派でしょ。だって美利河ちゃんみたいな娘が一人で旅してたら声かけたくなる心境もわからなくもないもの」
とぺらぺらとしゃべった。心なしか肩のあたりではねている髪の毛までうきうきと弾んでいるようである。
矢葺は噛み付くように言った。
「何でそんな真似しなきゃならないんだよ! あれは財布間違ってとっちゃって……」
「はいはい。よくわかったわ。大体みんな好きな子の事聞くと逆の事言うものね。矢葺もすごく態度にでてるわ」
「黙れ!」
寒菊のいい加減な理屈に矢葺は首を横に振った。
「でもね、あたしいい感じだと思うんだけどなあ」
「そうよね、あたしもそう思うわ」
おかまと年頃の少女の話は勝手に進んでいた。
「でもね、あたしが思うに、ほら、寒菊さんの弟の瀧さんていたでしょ、あの人が割と強敵なんじゃないかなって思うんだけど」
勝手なことを言う茜に矢葺は心底反論したかったが、二人の世界は止められない。
「うーん、どうかしらね。瀧はそういうのどうなのかよくわからないから……でも、矢葺、油断は禁物よ。美利河ちゃんみたいな女の子はなかなかいないんだからしっかり唾つけとかなきゃ!」
二人の白熱した話を聞いていると段々と意識も朦朧としてくる。しまいには矢葺自身も半分、そうなのかなあ、と思ってしまっていた。
 
 
国王の部屋の前には見張りが二人ついていた。
それを見た瀧は「京華の奴等だ」と言うが早いか、二人の前に出ていき、二人が「何奴!」と声を上げる前に急所をついて倒した。
倒れた見張りの体をひきずってきて縛り上げる瀧を見て美利河は呆気にとられていた。不意打ちとはいえいくらなんでも要領が良すぎる。一体どこでこんな技を身につけたのだろう。武術に力を入れていた美利河の村でもこれほどの使い手はなかなかいなかった。
二人をまとめて縛って結び目をきつく締めると、瀧は「行くぞ」と言って美利河を促した。
とりあえずノックはして二人は部屋に踏み込んだ。倭騨は振り返り、二人の姿を見て驚いて誰かを呼ぼうとしたが先に瀧が回り込んで口をふさいだ。
「別にあんたを殺しに来た訳じゃない」
瀧がそう言って手を離すと、倭騨は少し落ち着いて衣服をただして二人に向き直った。
「それでは何用だ。このような時間に」
「こんな時間にすみません。でも今しかお話しする機会はなかったもので」
倭騨は黙って美利河を一瞥した。
「私は蘇芳の使者としてあなたを説得するためにここに来ました」
「俺は反乱軍の者だが同じ事を言いに来た」
「……京華のことか」
倭騨は呟いて頭を抱えた。
「お前達反乱軍の言いたいことはよくわかる。わしも京華に呑み込まれた国がどうなっていくのか知らないわけではない。ただな、わしには奴等と戦う自信がないのだ。京華は大国、この竜胆はそれにくらべなんと脆弱なことか」
「兵力なら心配することはない。反乱軍は京華との戦いに備えて準備もしているからな」
「あなたが京華に反旗をひるがえすなら、蘇芳も共に戦うつもりです」
「……」
倭騨はため息をついた。
「しかしな、神が味方についたあの強運な叶に勝てると思うか。おとなしく従った方が逆らうよりも犠牲が少ないと踏んだからこそわしは降伏をしたのだぞ」
「おとなしく従ったところで国民は戦争にかり出されるばかりで犠牲者は減らない。だったら志を曲げて屈服するよりも逆らって戦う方が国民も納得すると思うが」
瀧がそう言うと倭騨は瀧の顔を見た。
「……それがお前達反乱軍の意志か。それでわしがお前達の意志に従わなかったらどうするつもりだ」
瀧は答えずに黙って倭騨を見つめ返した。
「待って。私たちは脅迫しにきたんじゃないんです。……ただ、あなたの戸惑いの原因が、叶……いえ、阿砂耶にあるのだとしたら、私が取り除けると思うんです」
倭騨は美利河に視線を移した。
「どういうことだ?」
「簡単に言おうか。この少女は阿砂耶の妹だ。同じ聖なる村の出身。つまり阿砂耶と同じく神の血をひいているということだ。その人物が、蘇芳に味方をしているということ……これがどういうことかわかるか? 蘇芳は京華と何ら立場は変わらないということだ」
倭騨は驚きのまなざしで美利河を見た。
「しかし、この少女が……」
「間違いなくこの少女が我々に勝利を呼び込む。何故ならば彼女は阿砂耶も持っていない神の剣をを持っているからだ」
そう言って瀧は美利河を見た。
美利河は瀧によって封印された剣を倭騨に見えるように差し出した。
「それには神の文字が書かれてある。『選ばれし者のみこの剣を持つべし。さもなくば神の裁きが下るであろう』とな。この少女が選ばれし者だ。……もう、どうするか決めたな?」
瀧は念を押すように倭騨の顔をのぞき込んだ。
――倭騨は何かに憑かれたように頷いた。
竜胆の城から京華の旗が消え、再び竜胆の旗が翻った。夜のかがり火の中でそれに気がついた者は歓声をあげ、手を取って喜んだ。
しかしそれは合図にすぎなかった。
城の周りに反乱軍が集結し、京華の兵を追い払い、そして京華の作った都の周りの関所も全て焼き払った。 竜胆に駐屯していた京華の将校は京華にそのことを伝えるまもなく惨殺された。
一夜にして、都から京華を匂わせるもの全てが消え去った。
 
 
「ご苦労様。うまくいったみたいね」
夜が明ける頃になってようやく美利河と瀧が屋敷に戻ると、寒菊が二人を迎えた。
「瀧、あんたの反乱軍の指揮のとりかたはばっちりね。感心したわ」
「……蘇芳の皇子の事はちゃんと伝えたのか」
瀧は肩の雪をはらいながら言った。
「大丈夫。明日には届くはずよ。ついでに多分美利河ちゃんのお手柄もね」
二人が中に上がろうとすると、矢葺と、矢葺を支えている茜が出てきた。
「お帰り。大丈夫だった?」
「全部瀧が直前に手を回しておいてくれていたから。瀧、何だか本当にありがとう」
美利河は茜に答えると、瀧に頭を下げた。
「こっちも目的が果たせてよかった。ただしこれからが大変だな。覚悟しておけよ」
瀧は別段表情も変えずにそう言うと奥の部屋に消えていった。それを見て茜に支えられてやっと立っている矢葺が口を尖らせる。
「何だよあいつ、かっこつけやがって。何が『覚悟しておけよ』だよ。美利河、全然お前のおかげだ。あいつのおかげじゃない」
「立ってるだけでも人に迷惑かけてるくせに何言ってんのよ」
茜は横目で矢葺を睨んだ。
「っていうかあいつ気に入らない感じ。背が高いからって何かかっこつけててさあ」
「何対抗意識燃やしてんのよ」
「別に背丈は関係ねえよ! なにも俺との身長差がどうってわけじゃあ……」
「誰も背丈のことなんて言ってないって。自分が一緒に行くはずだったのに美利河ちゃんとうまいこと成功させて帰って来ちゃったからでしょ」
「うるさい!」
叫んだ矢葺は足を茜に蹴られた。あまりの痛さに矢葺は声も出ない。寒菊はそれを見てかわいいと腹を抱えて笑った。
「何だか痛々しいわ。早くお迎えが来るといいわね」
寒菊はそう言うと、三人を部屋に連れていった。
 
 
椹は眼鏡をかけて使者が持ってきた文書に目を通していた。そして頷いてその紙をたたむと芹の方に振り返った。
「どうやらうまくいったようです」
「そうか」
芹は椅子に座ったまま微笑んだ。
「あの少女に竜胆の反乱軍がうまく手を貸したようで、竜胆の都からは京華の者がほぼ排除されたようです」
「それではこちらで用意していた策は必要なかったというわけか」
「はい」
返事をしてもそのままその場から去らない椹を見て芹は言った。
「他にも何か用事があるのか?」
「それが……」
椹は困ったような表情をした。
「どうかしたのか?」
「はい。矢葺様がお怪我をなさっているようなのです」
「矢葺が?」
「竜胆の都に入る前に京華の兵にやられたそうで……かなり手ひどくやられたので都まで迎えをよこすようにと」
「全くあいつは……」
芹は呆れてため息をついた。
「それで、今どこにいると?」
「はい……竜胆の都の、芸人の屋敷に二人ともいるそうです」
「……芸人……?」
芹は不思議に思って首を傾げた。

 

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