一章

あわただしく駆け回る足音と、たくさんの悲鳴。
あちらこちらで火の手があがり、小さな集落の家々はきしむ音を立てる。
それらに背を向け足早に、兄妹は老婆に連れられていた。古びた木造の倉庫の中へ入り、重い扉を開けて地下へ降りた。
「よいか。全てが終わるまでここに隠れておるのじゃ」
「ばば様は?」
丸い大きな瞳をした幼い妹が聞き返した。地下に降りても外の騒ぎが響いている。
「わしは他の皆も安全な場所に避難させる」
老婆がそう言うと今度は兄の方が聞いた。
「父さまと母さまは?」
「心配いらん。とにかくお前達はここから動いてはならん」
老婆はそう言い残すと地下に通じる扉を閉めた。
灯りといえば蝋燭一本の、湿った暗い地下で子ども達はたくさんの音を聞いた。
途中でたまらず妹が泣き出した。兄は妹を励ますようにしっかりと抱きしめる。
そうして二人は身を寄せ合い、長い間じっとしていた。だが──
「大変だ! 長が……!!」
その声は地下まで響いた。その瞬間、兄は一人飛び出していた。
「私は長の嗣子だ! 降伏する! 今すぐ攻撃をやめろ!」
倉庫の扉から少しだけ顔を覗かせていた妹には、あちこちから火の手があがる中、その場所で堂々と立つ兄がとても大きく見えた。
しばらくして攻撃が止み、少年の前に白い大きな馬に乗った人物が現れた。
「お前は神の血を継ぐ一族の末裔か」
声は大人のものではなかった。
「そうだ」
兄が答えると、その人物は馬から降り、兜を脱いだ。
後ろから見ていた妹は、まだ若い、少年と同じくらいの歳であろう彼の瞳を見て驚いた。
集落の中の誰とも違う瞳の色。生きているものが皆持っている光というものがその瞳には存在しなかった。
――死んでいる。
狩のときに見た、死んだ動物の開いたままの瞳と同じ。
「こいつを連れて行け」
その人物はまったくの無表情でそう言うと、また馬に乗った。
数人の兵卒がかけより、兄が縛られ捕らえられるのを妹は見ていた。
傍らにいた男が馬にまたがった少年を見上げた。背は高いが、こちらも大人というわけでもなさそうだった。
「叶様、この村はいかがいたしましょう」
「放っておけ。目的は果たした。行くぞ」
 向こうで父親が頭から血を流して倒れているのが見えた。
──叶。
妹は兄を連れて去っていく兵達の後ろ姿を見ながら、何度もその名前を頭の中で繰り返した。
 
冷たい風が湖の上を滑って頬を撫でる。
草の上に横になっていた髪の長い少女はゆっくりと目を開けて空の雲の動きを見つめた。深い大地の色をした瞳にゆるやかな白い雲が映る。
「八年……」
 少女の薄い唇から言葉が漏れた。それはため息ともとれるような声で、少女は大きく息を吸い込むと、上半身を起こした。その動きに応じて少女の長い黒い髪が揺れる。
「美利河? 何してるの?」
 立ち並ぶ木の陰から、青と黄色の美しい模様が施された布を頭に巻いた少女が顔をのぞかせた。
「ばば様が呼んでるって」
 美利河と呼ばれた少女は少しだけ笑うと、彼女を呼びにきた少女と共に深い森の中へと入っていった。
 美利河の村は、深い森の中にある。浅葱という北方の島国の領土ではあったが、この森の中の集落を知る者は少ない。それほどに奥まった森の中にひっそりと村のものたちは暮らしていた。
 村へ戻ると、美利河は少女と別れ、一段と床を高くしている黒ずんだ古い家へと向かった。この村に代々伝わる巫女の住む家だ。今ここに住んでいるのは、皆から「ばば様」と呼ばれ親しまれてきた老婆である。老婆の年齢はとうに百を越えていると噂されていた。
巫女の家には不思議な香りが立ちこめている。奥の壁には祭壇が設けてあり、その他の壁にも呪術をもって織り込まれた織物が幾重にもかけられていた。
中央の火鉢の上で鍋をかき混ぜている老婆の前に、美利河は腰を下ろした。
「……聞こえるかい、美利河」
老婆はしわだらけの顔に微笑を浮かべながら言った。
「……」
「星が、また大きく動くそうだよ」
「星が……?」
美利河が聞き返すと、老婆は鍋の中の液体を味見してこう答えた。
「そうだよ。山の神様も、湖の神様も、風の神様もだあれも止められん。今度の大きな流れは、もしかすると天と地をひっくり返すかもしれんの」
 美利河は黙って聞いていた。
「お前の兄、阿砂耶が連れて行かれてもう早八年になる。もうこの村にはわし以外に神の声を聞けるものはおらんからの。その流れに、この村も呑み込まれるかもしれん」
「……呑み込まれるって……」
「美利河、お前はもうその中におるんじゃよ。そして阿砂耶も。多くの人々が」
老婆はそこで口を閉じると、鍋の中身を椀についだ。
「最近魯喜の様子はどうじゃ?」
「相変わらずです。魯喜は本当に長になりたいだけ。あんなやつじゃ兄さんの代わりにもなれない。そんなに権力がほしいのかって思うくらい」
魯喜は長の代理の甥である。前の長が亡くなった上、嗣子であった美利河の兄――阿砂耶も連れ去られたため、前の長の友人であった男が代理を務めていた。しかし、その男も数年前に行方不明となり、それからは長が不在の村を、老婆が支えている。
「ほほほ。若い男はみな同じようなものよの。あやつもあやつなりに無い頭で村のためにと考えておるのじゃから。問題はそれが、この村の伝統と、お前の意向に合わないことじゃがな」
「もし魯喜が無理矢理にでもと言うなら、私は魯喜を力ずくで止めます。――そうしなければ、兄さんや長の代わりをしてくれていた鵡斗さんに申し訳がないから」
 美利河の言葉に老婆の目が一瞬光った。老婆は椀の中身を一口飲むと、「無理せんようにな」とだけ言った。
美利河の村は大きな森に囲まれていた。すぐ傍には美しい湖があり、雄大な山々がそれを見下ろしている。深い森に囲まれているために外界からはほとんど遮断されている形になっていて、外部の人間には村の位置がおおよそでしか知ることが出来ない。そのおかげで村は外の影響を受けずに古来からの伝統を守って生きていた。そのため、外の人間はこの村を「神の村」と呼んでいる。村の人々は日々山や風や湖などの自然の神の声を聞き、感謝して暮らしていた。
 美利河の村が属する浅葱という大きな島国は、国としての機能はほとんど無いに等しく、寒々としたその地で様々に散らばる村がそれぞれの掟に従い暮らしていた。
浅葱から海を渡って南下すると、大きな陸地がある。そこには様々な国があり、それぞれが争いをして天下を統一しようとしていることを、美利河は老婆から聞き及んでいた。彼らが「天下」と呼ぶものは、四方を海で囲まれた四つの島を中心とした島々である。過去に美利河の村を襲った京華という国がその天下統一を果たそうとしていることも聞いていた。
 美利河は老婆の家を出て十数年暮らしてきたその村を見回した。そろそろ寒くなる季節とあって、ほとんどの人は家の中で冬支度をしていた。誰もいない外に、一人だけ少女が毬をついている。四つ、五つくらいだろうか。
「かんかん とてたてかんかん
かみさまのけんをつくる
かんかん とてたてかんかん
おうさまころしたおうじさま
かみさまおこってばつをあたえた
かんかん とてたてかんかん
みんなをころすおうじさま
あいするひめもころした
かんかん とてたてかんかん
だれもいなくなって
おうじさまひとりぼっち
かんかん とてたてかんかん
かみさまいつでもみてる
もりのおくできつねころしたの だあれ」
 少女は歌い終わると、美利河に気がついた。
「美利河お姉ちゃん!」
少女は二つのお下げをゆらして美利河に抱きついた。
「歌、とっても上手ね」
「うん、あたしこの歌好きなの」
少女は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「王子はどうして王様を殺したりなんてしたの? 王子は悪いから?」
「王子は王様を恨んでいたのよ。この間してあげたお話にもあったでしょう」
「ふうん」
「でも、恨んでも何にもならないのよ。神様はちゃんと見ているからね。誰かを憎んだり恨んだりすることは悪いことだから、そんな王子みたいになっちゃだめよ」
「うん。わかった」
少女は首を二回縦に振って満足したように答える。そして「あたしお母さんのお手伝いしなきゃいけないから」と言って少女は家の方へと駆けていった。


「美利河。叔父さんがいなくなってもう三年になるなあ」
隣の椅子に腰掛けて話しかけてくる少年を無視して美利河は機織りを続けた。以前は長の代わりを務めていた鵡斗と住んでいた家だが、鵡斗が行方不明になったきり、美利河は一人でここに住んでいる。
「もう、帰ってこないんじゃないの?」
 少年が頬杖をつきながら言った。頭には伝統衣装の刺繍を施された布を巻いている。布から少し飛び出したこげ茶色の髪といい、その表情といい、ごく普通の少年の生意気さが窺えた。
「そんなわけない。鵡斗さんはよくふらっといなくなるじゃない、今回はそれが長いだけ」
美利河は鋭い目で少年を睨むと、噛み付くような勢いでそう言った。
「魯喜はそうやっていっつも……魯喜はこの村の長になりたいだけじゃない」
「まあ、そういうわけなんだけどさ。お前の親父はもう何年も前に亡くなってるし、後を継ぐはずだった阿砂耶だっていない。それに叔父さんまで帰ってこなけりゃ、誰かが代わりにならないといけないだろ」
「いらない。代わりなんていらない。鵡斗さんは帰ってくるわ」
 魯喜はため息をついて腕を頭の後ろにくんだ。美利河は慣れた手つきで無数に張られた色彩豊かな糸の間に棒を滑らせる。
「大体、あんたなんか長の血族でもないわけだし、ばば様のように神様の声が聞こえるわけでもないでしょう。さらには、鵡斗さんみたいなみんなをひきつける魅力をもっているわけでもないし」
さらに深いため息を魯喜はついた。
「ひどい言い草だな。でも、生きてるか死んでるかわからない阿砂耶の代わりに、帰ってこない叔父さんを今のまま長の代理につけておくなんて意味ないぜ」
「ばば様もいるし、私も手伝えることはしているから、今のところ問題はないでしょう」
 さらっと返されて魯喜は言葉に詰まった。
「でも、ばば様は大きな流れが何とか……って言ってるだろ? やっぱり長は必要なんじゃないのかな。何かあったときに長がいるのといないのとじゃ違うだろう」
「いらないったら」
 あくまで聞く耳を持たない美利河に焦れたように魯喜はこう言い出した。
「……なあ、美利河。俺と結婚しよう。長の血をひくお前が俺と結婚すれば、めでたく俺がちゃんとした長になれるし、それなら叔父さんが代わりをやる必要もなくなるだろ?」
 魯喜がそう言ったとたん、美利河が機織りに使っていた棒が飛んだ。
「何馬鹿なことばっかり言ってるんだ! そうやって、自分の都合だけで長になりたいお前なんかがなったところで、ちっともいいことなんかない!」
村の結婚適齢期を考えれば今年十七になる美利河はいつ結婚してもおかしくない年齢だった。しかし、今は亡き長の娘とあって、その夫となるものは自然と長と同様の立場につくことになる。たとえ美利河が魯喜をまんざらでなく思っていたとしても、軽々しく決められる問題ではない。
「お前だってわかってんだろ? いくら血を引いていても、女じゃ長にはなれない。それに、今は世の中だって平和なわけじゃない。現に阿砂耶だってさ……。だから、帰ってこない叔父さんを待って、もしもの事があってからじゃ遅いんだ」
 必死に説得しようとする魯喜の言葉も美利河には届かず、美利河はじっと魯喜を睨んだままこう言った。
「私は絶対に認めない。ばば様だってそう言うわ」
「いい加減折れないと痛い目みるぜ」
「ふうん、どうするって言うの?」
「そんなに強気なら力ずく、ってこと。第一俺が叔父さんの代わりになるの望んでる奴だって多い。明日みんなの前で決闘でもするか?」
 冗談半分に、しかし口調は強気のままに魯喜はそう言った。しかし美利河は。
「わかった。やれるものならやってみなさい」
 魯喜は二の句が継げず、そのままその場所を後にした。

翌日、村の広場にはたくさんの人が集まっていた。
美利河を支持する者、魯喜を支持する者、それぞれいたが、誰もが二人を遠巻きにして事の成り行きを見守っていた。
「やれやれ、このようなことになるとは鵡斗も予想していまいな……」
二人の傍に巫女の老婆がいた。背が低く、腰が曲がっている。瞳に不思議な光をたたえていた。
「しかし、お前達が決めたことならわたしは何もいわん。この剣で勝負をつけなさい」
 老婆は二人の前に剣をそれぞれ置くと、少し離れて二人を見守った。
神の血をひいているといわれるこの村では、昔から神を守るための武芸が盛んだった。この村の存在を知るものはそう多くはないといえ、過去には攻められたこともある。女子供も含め、すべての村人は神から作り方を伝えられたという大きな弓と剣で戦うことができた。
美利河と魯喜のように争いごとが起きたときに決闘で結論を決めるという手法も、この村ではあたりまえのように行われる。決闘は武器を使って行ってもよいが、かならず立会人のもとで行うことと、人を殺してはならないという決まりごとがあった。
「美利河。この村が大切に守ってきた血統を、ここで絶やすわけにはい叶んだ」
「来なさい。権力欲ばかりに支配された魯喜のきれい事なんて聞きたくもない」
 美利河が剣を構えると、魯喜が先に攻撃を仕掛けた。
「ばば様……大丈夫なのでしょうか。美利河にもしもの事があったら……」
 周りで二人の状況を見守っていた一人が老婆に心配そうに尋ねた。
「大丈夫じゃ。美利河は昔から鵡斗に鍛えられておるからの」
 老婆は、というとむしろ魯喜の方を心配そうに目で追っていた。
 戦いは互角であった。
 魯喜は予想外の美利河の腕前に正直焦っていた。戦いの最中も美利河の瞳には迷いというものがない。魯喜は最初美利河を軽く打ち負かし、自分の言い分を通すだけのつもりであった。
 しかし。美利河の剣は、真剣勝負を要求していた。
予想外の展開に魯喜は焦りを感じ、美利河に問いかけた。
「美利河……殺し合いをするつもりじゃないだろ……?」
 美利河の返事は無かった。その場の村人全員が固唾をのんで勝負の行く末を見つめていた。
 そして。
 美利河の剣は最後には魯喜を倒していた。美利河の勝利にあがった歓喜の声が一瞬にして消え、村人が全員魯喜に駆け寄る。
――美利河の剣は、魯喜の命を奪っていた。

「これも……さだめじゃな……」
ぱちぱちと火がはぜる火鉢の傍で、老婆が言った。その前には美利河が座っている。老婆の家の中だった。
「……掟に従い、お前を村から追放する。どこへでも好きなところへ行きなさい」
美利河は深くうなだれていた。
「己の育ての親の鵡斗を追うもよし、兄の阿砂耶を探すもよし……」
「……私のしたことは……取り返しのつかないことだと思ってます……でも、でもそうしたら、この村はどうなってしまんですか」
美利河の問いに、老婆は優しく微笑んだ。
「お前が心配することはない。まだこの村にはわしがおるからの」
「……」
美利河は黙って下を向いた。
やがて、老婆は背後の棚からごそごそとなにやら大切そうな箱を出してきた。老婆はその箱を開けると、丁寧に絹の布に包まれた、何か細長いものを取り出した。
「お前は、波乱の星に生まれた子じゃった。その話はもう聞いておるな? 本来ならこの剣を阿砂耶に渡すはずじゃったが……阿砂耶はあのようなことになってしまった。これを、お前が持って村を出ていくというのは、またさだめなのかもしれんな……」
 老婆は呟くと、美利河にその包みごと剣を渡した。
 美利河はその包みをといて、さやに収まった剣を手に取った。この村の長だけに使うことが許される、神が造ったと言われる剣だった。大振りで、ずっしりとした重みと共に不思議な力を感じる。鞘には美利河に読めない文字で、何かが刻み込まれていた。
「神より代々伝わりし剣、これをもって己のさだめを断ち切るもよし、何か大事のために役立てるも良かろう。しかしよいか。憎しみにかられてその剣を抜いてはいかん。絶対にじゃ。その剣にまつわる伝説を知っておるな? その剣は持ち主の力量を見定める。その鞘に書かれてあるようにな」
「わかりました……」
 美利河は剣のさやを撫でると、自分の脇に置いた。
「天地を揺るがす大きな流れの中で、お前はもしかしたら自分を見失うかもしれん。しかし呑み込まれてはならん。それに抗うことこそ、お前の生まれた星の意味じゃ」
「……はい」
「それでは行きなさい。波乱の星に生まれた神の子よ。お前の道行きに幸おおからん事を」
 老婆はそう言って手を合わせると、美利河に背を向けた。美利河は一礼すると、剣を手にとって外に出ていった。
自分の馬の凪と村を出ると、何も考えずに美利河は南を目指した。南に行けば、浅葱を出て海を渡ることができる。その先のどこかの国で兄に会うこと以外、旅の目的を見出すことができなかった。
 村があった深く大きな森を駆け抜けて一日。眼前には港と街が広がっていた。
「凪……とりあえず、何か食べようか」
 村を出てから一度も食べ物を口にしていない。休むこともなく歩き続けていたせいで疲れもたまっていた。港の付近に密集している出店に美利河は足を運んだ。
 何を買おうかと思いながら小銭をいれた袋を手に取ったその瞬間。美利河は走ってきた少年と思い切りぶつかった。
 美利河の袋と少年の持っていた袋は同時に地面に落ち、頭に崩れたおだんごを結った少年はその片方を手に取ると「すまん!」と言って去っていった。何か違うなと思いつつ袋を拾って美利河は立ち上がると、袋の中身に唖然とした。
 少年が袋を取り違えのだ。美利河の手元にあるのは少年のがらくたの入った袋だった。
 美利河はすぐさまその後を追いかけたが、少年はとうとう捕まらなかった。仕方なく出店のある方へ戻り、今度は凪の背中の荷物から金を取り出す。
「これは非常用のつもりだったのに……」
 そう言いながら美利河は饅頭を買い、そして舟が出る時間を待った。自分と凪が舟に乗る運賃だけで美利河の持ち金はさっさと底をついた。
──さっきの奴のせいだ。
 そう思って美利河は甲板で一人ふてくされていた。潮のにおいが鼻につく。海を見たのは以前鵡斗につれてきてもらったとき以来だった。
ふう、とため息をつく。ふと横を見ると、見覚えのあるおだんご頭が目に入った。美利河が目を見開く。おだんご頭は満面の笑みを浮かべた。
「よう。さっきはごめんな」
「さっきの泥棒!」
 底抜けに明るい泥棒に美利河は腹が煮えくり返るのを感じた。
「早く私のお金を返してよ」
「すまんすまん。もう無くなっちまったよ」
「え?」
「使っちゃったんだよ。ごめん。後で返すからさ」
 あれだけあったのに……。と言うに言えず、美利河はため息をついた。
「まあ、ちゃんと借りは返すからそんな顔しなさんなって。この舟の着いた先が俺の故郷の国だからさ」
「ふうん」
「あっ。信用してねーな、俺、あれだぜ、ただの泥棒じゃないんだから」
「だから、人の金全部つかってもいいわけ?」
「……えっと。ま、終わったことは仕方ない。俺は矢葺って言うんだ。旅は道連れ世は情けってね、これも何かの縁だよ」
 美利河はこの若い、脳天気な泥棒にどう対処していいかわからずにこれから先を思いやった。

舟を下りても矢葺はいっこうに離れる様子がない。美利河は凪に揺られながら「ついてくるな」と止めをさそうとした。
「あんたの故郷だか知らないけれど、泥棒の言うことなんて信用できないの。だからさっさとあっちへ行ってよ。私、泥棒と旅をする趣味はないんだから」
 そう言って美利河は凪に駆け足をさせた。それでも矢葺はめげずに頭の上でまとめた髪をひょこひょこ揺らしながらついてくる。おまけに未練がましい言い訳を口から垂れ流して。
「だから、借りは返すって。俺だって悪いと思ってるんだ。もう持ち金無いんだろ? それじゃあ申し訳ないよ。もう少し行くと俺のうちがあるから、どうせ旅の途中なんだし寄ったっていいだろ?」
「泥棒のうちに一体何があるって言うの?」
「泥棒じゃないってば!」
 さらに美利河が凪の速度を上げても、まだまだ矢葺はついてくる。
「……よくついてくるわね。その努力と体力には驚きね」
「……お陰様で。……ね、もうちょっと手加減しない?」
「もうちょっとついてこられたらね」
 そう言うと美利河はさらに速度を上げた。
 結局同じスピードのまま美利河達は蘇芳の都の関所に辿り着いた。関所には兵士達が配備されていて厳重な警戒態勢が取られていた。
「ずいぶん警戒してるみたいね。戦争中だから?」
「まあね。旅行者なんかは結構足止め喰うみたい」
 舟を降りた後から走り通しだった矢葺はさすがに息を切らせていた。
 やがて関所の兵士が美利河達に気づき、つかつかと寄ってくると、矢葺が前に出た。
「あっ、矢葺様」
 その兵士が声を上げると別の兵士も振り向いた。
「お帰りになったんですか」
「金も底をついたし。みんな元気?」
「ええ、まあ……それで、このお連れの方は」
「お友達」
 矢葺がそう言って美利河に笑いかけると美利河はむっとしたような表情をした。
「ごめんごめん、いや違うんだ。この人にお金を借りちゃってさ。あ、通してくれる?」
「どちらの方でしょうか」
「浅葱から一緒に舟に乗ったんだよ、な?」
「浅葱……浅葱のどちらでしょうか」
「山と森にかこまれた所。それ以上は教えられない」
 美利河がそう言うと兵士は明らかに疑ったようだった。
「じゃあ、久しぶりにうちに帰るか。あ、姉貴は元気?」
 しかし美利河の身元を確認しようとしても矢葺に何となく流されて結局はそのまま通してしまった兵士達だった。矢葺に対する兵士たちの物腰に美利河は心底驚いていた。ただの泥棒ではないことは確からしい。
「あんた有名人なの?」
「言っただろ、泥棒じゃないって」
「泥棒したくせに」
 美利河は凪の背中の上で鼻を鳴らした。
「俺の実家はあそこ」
 矢葺がそう言って指さす先には蘇芳の城があった。
「またそんなこと言って。今度は詐欺?」
「いや本当だって。あ、信じてないな!」
「信じるわけないでしょ、馬鹿馬鹿しい。王家の血筋なら、顔にもっと気品があると思うけど」
「言ったな! 見てろよ、本当だからな。後でその言葉謝らせてやる」
「はいはい」
 言葉を交わしながら歩いていると前方から、馬に乗っていかつい鎧をつけた上級兵士達が姿を現した。
 兵士達は矢葺の前で止まると、馬から下り、兜を脱いだ。一番前にいた勲章をつけた兵士はなんと女性だった。髪を男のように短くし、女といえど凛々しい顔立ちをしていた。
「矢葺殿お迎えに上がりました。長旅でお疲れでしょう。女王陛下がお待ちです」
 柔らかい声で女性がそう言うと矢葺はしてやったりと美利河の方を見た。美利河はただ肩をすくめてみせるだけだった。
「そうか、弟が迷惑をかけたな。非礼を詫びよう」
 夕食に招かれた席で矢葺の姉である女王芹が美利河に言った。矢葺とは対照的に、芹は大きめの赤い服を纏い、豊かな髪を結い上げていて女王の貫禄たっぷりだった。
「それにしても、全く掏りと変わらぬような真似をするとは」
 女王はそう言って横目で矢葺を睨んだ。
「どっちにしろ金がないと舟に乗れなかったんだ。返すつもりだったんだからいいだろ?」
「全然よくない」
「同感だ」
 美利河が口を挟むと芹もうなずいた。
「しかし今は戦時中で何かと大変だと聞いているのですが。西国の京華が徐々に北にまで領土を広めてきていると浅葱でも聞き及んでおります」
「ああ。──京華は南、西の国々は全て占領しつくして、今度は東や北方に手を出してきたのだ。鬱金と篠青の二国を同時に落とし、そしてつい最近、我が国の隣国の竜胆を落とした。今度は東の大国たる我が国を落として名実共に天下を取るつもりだろう」
「それは姉貴がやりたかったことだったのにね」
「矢葺、言葉を慎め」
 姉にぴしゃりと言われて矢葺は肩をすくめた。
「戦争中でゆっくりできないかもしれないが、好きなだけここでくつろいでいってくれ」
 優しい笑顔で芹は言うと、グラスの酒を飲み干した。そのとき、部屋のドアを叩く音が聞こえ、さっき矢葺を迎えに来た女兵があわただしく入ってきた。
「お食事中大変失礼いたします。敵国の情報が入りました」
「失礼」
芹は女兵を招いて耳元で状況を聞いた。小声で内容はわからなかったが、一瞬で芹の表情が曇る。
「何だと? 一気に全面戦争に入るつもりか」
「わかりません。ただ情報によると、かなりの数の兵を集めていると」
「よし、こちらも兵を挙げよう。向こうで詳しく話を聞かせてくれ」
 芹が立ち上がると、美利河が止めた。
「待って下さい。京華が攻めようとしていると?」
「そなた、何か知っているのか」
「いいえ。ただ、私にはわかるのです。どんな方法であれ、真っ向から勝負してくるとは思えません」
何故このように少女が断言できるのか芹はいぶかしんだが、それ以前に少女の言が正論だと思い、頷いた。
「確かにな。今の情報は国境海岸沿いに兵力を集めているという話だったが、本気ならそもそもそんな情報がこうも迅速に入ってくるわけがない」
「――国境付近の軍は囮にすぎないと思います。集めているという軍は先月落とされた国の軍で、本隊は別の方から来るのでしょう」
「何故そう思う」
「説明はしにくいですが、ただわかるのです。――それに以前、私のいたところがそうした偽の情報に踊らされて奇襲されました」
 芹はしばらく美利河を見つめ、顎に手を当てて考えたが、やがてこういった。
「対策の手を打つ前にまず北の海域を調べた方がいいかもしれん。薊、そうしてくれ」
「わかりました」
 薊という女兵は頭を下げて出ていった。
「適切な助言ありがとう。助けられたな」
「いいえ、京華を良く思わないのは私も同じですから」
 芹はこの北から来た妙な旅人に興味を持ったようだった。
「そなたは確か浅葱から来たという話だったが。浅葱の何処から来たのだ?」
 芹がそう聞くと、美利河は表情を固めて、こういった。
「山と森にかこまれた所。そう言うことしかできません。これは掟ですから」
 美利河の言葉にしばらく芹は考えていたが、やがてまた口を開いた。
「浅葱で最も高い山を越えた向こうに霧に覆われた森があると聞く。そこに住む民は原始の神の血を引いていると。叶が自らの国、京華に迎えた阿砂耶という男が、その民であり、それゆえに叶は阿砂耶を神として利用し、国を統一しようとしているのだ」
 美利河は阿砂耶の名を聞いて心臓の音が高まるのを感じた。
――やはり、兄は生きている。
 芹は美利河の表情の変化を見てから、こう言った。
「そなたも、その阿砂耶という男と同じ所から来たのではないか? 先ほどの適切な物言いといい、そなたにも阿砂耶のような不思議な力があるのではないか」
 美利河は顔を上げた。そして少しためらったが、「はい」と答えた。
「私のいた村は古くから神の血を受け継いでいると信じてきました。村の中で最も神の血が濃く流れている一族の男が長をつとめ、神の声を聞き、静かに村で暮らしていました。それがある日突然、叶によってその平穏が破られたのです。叶は長とその妻を殺し、長の息子であった阿砂耶を連れ去りました。そのとき娘である私だけが、家族の中でただ一人無事でした」
「そなたは阿砂耶の妹なのか」
 芹はそう言うと驚きを隠さなかった。同様に横で黙って食事を続けていた矢葺も手を止めた。
「私はただの長の娘ですから、兄や修行を積んだ巫女のように神の声が聞こえたり見えたりするわけではありません。ただ、あの村の者ですから、少しはわかることもある、ただそれだけです」
芹はしばらく美利河を見つめて考えた。先ほどのような不思議な先を見通せる力だけではない。京華で神と崇められている阿砂耶の妹を戦いに引き込めば何かの役に立つかもしれないと思った。
「――兄は多分京華の叶に、無理矢理従わせられているんだと思います」
「助けたいのか」
「……それがこの旅の目的でした」
 これで決まった。芹はそう思った。
「ならば私に力を貸してくれるか。そなた一人の力で阿砂耶を助け出すのは難しいかもしれん。しかし、わが国と共になら、そなたの目的も叶えられやすいだろう」
美利河の表情が驚きと共に明るくなった。阿砂耶を助け出すとは言っても何の足がかりもなかった所。何にも変えがたい救いの手だった。
「――私の力で役に立つのなら喜んで」
 そう言うと双方微笑んで握手を交わした。


「お前は何で故郷から出てきたの? やっぱ兄貴を助けるため?」
美利河のためにあつらえられた部屋で矢葺はおだんごをいじりながら長椅子に寝転っていた。足を椅子から投げ出し靴をつま先に引っ掛けた状態でぶらぶらさせている。
「いや、別に言いたくないなら言わなくてもいいんだ。ただ、どうしてかなって思っただけ」
美利河は向かい側の椅子に腰掛け、頬杖をついてしばらく視線をさまよわせたが、やがて
「人を殺めた」
と言った。
思わぬ美利河の言葉に矢葺は上体を起こし、目を丸くした。
「兄がいなくなった後、父親の親友だった男が長の代わりをつとめた。彼は私の父親代わりもつとめたけれど、私が十五歳になったある日姿を消した。それから、彼の甥である男が権力ほしさに長になりたがるようになって、つい一昨日、彼の野望を止めるために決闘をして、殺してしまった。その男だって、村のことを考えてなかったわけではないのに……」
「嫌なこと言わせちゃったな」
絨毯の隅を見つめている美利河に、矢葺は肩をすくめてみせた。
「俺なんか、旅の理由なんて特に無かったんだよなあ。丁度三年前に親父が死んで、それから後継者の問題が色々あって。姉貴が女だからとか、俺は弟だし、とか俺達と関係ない奴等がもめだしてさ。俺は面倒くさくなっちゃったから、単に旅に出てみたわけ」
「ふうん。それで旅はどうだったの?」
 美利河が聞くと、矢葺はこう言った。
「浅葱をぐるっと回って、ああ寒かったなって感じかな。熊とか鹿とか見たし。冬は地獄だった」
「あはは。そうね、ここよりは浅葱の方がずっと寒いものね」
 美利河が笑ったので矢葺は何故かほっとした。
 それから急に美利河は真面目な顔になった。
「ところで、女王のいるところでは聞けなかったけど、実際のところ京華との戦況は客観的に見てどうだと思う?」
うーん、と矢葺は頭の後ろで腕を組んで眉を寄せた。
「はっきり言うと、全然よくない。勝つ見込みはあって四分ってとこかな。何しろあっちは西と南の豊かな土地を持ってるからなあ。持久力が違うよ。大体戦争は長引くと国民に負担がかかるけど、姉貴の性格じゃ、降伏なんて絶対しないだろうしな」
「そう。でも京華だけには――叶だけには負けられない。何としてでも勝たないと」
矢葺が上半身を起こす。
「随分叶にこだわってるみたいだな。お兄さんが連れてかれたから?」
「それもあるけど。私にはあいつが何を考えてるのかわからない。でもあんな奴が支配者になったらそれこそ終わりだとわかるの。だからどうしても負けられないの」
「ふうん。俺は本人に会ったことないからわかんないけど」
「会えばわかる。すぐにね」
――神様の村とやらの人間はすげえな。
言いきった美利河に、矢葺は内心舌を巻いた。
「問題はどうやって勝つか。勝つにはそれなりの策がないといけないだろ」
「まあね。京華がいくら勢力を広げているって言っても、新しく支配下に置かれた国にはまだそんなに力が浸透してないはず。戦いになってもそんな国の兵士達はそんなに真面目に戦わないでしょうね」
「あ、それ軍師の椹が言ってた」
「椹?」
「さっきの、女将軍がいただろ、あれの兄貴だよ。まだ二十代後半で、若いのに頭が切れるんだ」
「将軍?」
 美利河は首をかしげた。
「だからあ、さっきの、薊だよ」
「将軍なの? 女の人が?」
美利河が驚くと、矢葺はやってられないというように首を横に振った。
「大体女が国王の国だぞ? 何があってもおかしくないじゃないか」
「そんなものなの?」
 美利河がそう言ったとき、部屋の扉が叩かれた。矢葺が振り返り、自分の部屋でもないのに「どうぞ」というと、長身の眼鏡をかけた男が入ってきた。
「うわ、噂をすれば椹じゃん」
「……私の噂? 矢葺様がするのだからどうせろくでもないことでしょう」
「人聞きの悪い奴だなあ」
 矢葺が口を尖らせると、椹は笑った。部屋の中に入ってきたが、どうやら足が悪いらしい。片足をひきずって歩いていた。
「あなたが浅葱から来た方ですか」
「はい」
 美利河はこの腹に一物ありそうな男を一瞬だけ警戒した。
「楽にしていていいですよ。私など、たかが軍師ですから」
 美利河の緊張を読みとったのか、椹は笑ってみせる。矢葺が「座れば」と言って体を横にずらすと礼を言って座った。
「先ほどは女王陛下に適切な助言をありがとうございました。あの時は緊急で、私はちょうど出ておりましたので、自ら命令をくだすことができなかったもので。これからは用心してあのようなことがないようにしなければなりませんね」
 椹は続けた。
「――ところで、あなたは京華にいる阿砂耶の妹だと聞きましたが」
「はい」
「そして、この蘇芳に力を貸して下さると?」
「ええ。京華を阻止するためなら」
 美利河の答えに椹は満足そうに微笑んだ。
「あなたに一つ頼み事をしたい」
 その言葉を聞いたとき美利河はまた瞬時に緊張した。そして矢葺は振り返ってこの異邦人に何か重大なことを頼みそうな椹を見つめた。
「蘇芳の南側の国境と向かい合う国、竜胆は先月京華に取り込まれました。ですが京華の本拠地から遠いため、まだ京華の支配力は弱く、国の中に反乱分子が多く存在していると聞きます。降伏を宣言した国王倭騨ですら、未だに迷っているらしいのです。彼らの国は我々のすぐ隣、彼らが京華から寝返れば我々はとりあえず一息つけるわけです」
 椹はそこで一呼吸置いた。美利河の表情を読んでいるようだった。
「あなたに頼みたいのは、その国王倭騨を説得することです。引き受けてもらえますかな」
 椹はじっと美利河を見つめた。矢葺が突然抗議した。
「ちょっと待てよ、何でそんな危険なことをいきなり美利河に頼むわけ? 京華の奴に見つかれば下手すりゃ殺されるぜ」
「美利河殿でなければならないのです。何故ならば彼女が、京華で神だとされている阿砂耶の妹だからです。神の妹──それがどれだけの意味を持つかおわかりですか」
「でも、美利河は普通の人間だよ」
――確かに人間離れしたことを言うようなこともあるけど。
 という内心はさておき、矢葺は徹底抗戦の構えを見せた。彼の素直な心情として、自分と大して変わらない年齢の女性を危険な土地に送り込むことなど許せなかったのだ。
「我々は、叶と同じ事――要するに、美利河殿を神にしたてあげてしまえば良いのです。京華が突然力を持ち出したのはその神という存在のおかげです。いいですか、美利河殿が阿砂耶の妹である以上、彼女以上に竜胆の国王の説得にうってつけの人物はいないわけです」
 椹は矢葺を説き伏せるように言った。
「でも、それじゃあ……美利河が戦争の道具に使われてるみたいだよ」
「……否定はしません。ですが、我々に必要なのは勝利のみです。美利河殿、ご決断を」
 美利河は心配そうに自分を見つめる矢葺の顔を見た。
 ここで「はい」と言ってしまえば自分は戦争の渦に巻き込まれ、二度と戻ってこられないだろう。そこまでして他国の戦争にこだわる必要があるのか。そうしたからといって兄を助けられるのか。
──でも、あの目。
 八年前に見た叶の、死んだような目を思い出した。
──波乱の星に生まれた子じゃ。
 老婆の顔を思い出した。
──私があの村を出たのも、そしてここに来たのも、何かの定めに違いない。
 美利河は気がつくと、「わかりました」と答えていた。


「本当に大丈夫なのかねえ」
「そんなの知らないわよ」
「知らないんだったら何で断らないんだよ!」
「だって……」
 椹が去ってから矢葺はぶうぶう文句を言っていた。
「大体さ、俺は自分の命を自分から危険にさらすような真似をする奴が信じられないんだよ。ほっとけばいいのにさ、自分の国の事じゃないのに」
「そんなだから矢葺はお姉さんに国王の位をすんなり明け渡したわけね」
「そうだよ。下手に争いになっても馬鹿馬鹿しいし。それに俺、この国がどうなろうと関係ないし」
「そんなことよく言えるもんね」
「俺は、自分が楽しい方が国がどうこうより優先なわけ」
美利河は半分呆れた。
「国の皇子がこんなんじゃ、この国も大変だわ」
「うるさいな。でも、その危険なのを抜かせば、竜胆に行くのちょっとスリルで楽しいよな」
――変な人。
美利河はうっかり喉から出そうになった一言を飲み込んだ。
「俺も行こうかな。どうせここにいてもすることないし。椹が舟だしてくれるって言ってたから、陸から行くよりは安全だしなあ」
「ついてくるの?」
「失礼な」
 美利河に笑われて矢葺がふてくされる。
「好きにすれば。ここにいても邪魔なんでしょ」
 美利河はまたそう言って笑った。


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